2016.07.12

沖縄市中の町のエイサー街灯

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沖縄市の通称「中の町なかどおり」に、エイサーの人形を展示した街灯がある。23の青年会の衣装やロゴが見られるらしい。

沖縄市の中の町一号線、通称「中の町なかどおり」に、エイサーの人形を展示した街灯が12基設置されています。1基あたり前面と後面に分かれて2青年会の人形があり、街灯の上部には各青年会の旗、人形の下には青年会の歴史を紹介するプレートがあります。
それぞれどんな人形なのでしょうか。見に行ってきました。

 

中の町なかどおりのエイサー街灯

ミュージックタウン方面から中の町なかどおりに向かうと、最初に出てくるのはエイ坊が飾られた街灯。

下のプレートにはこんな風に書いてありました。

沖縄県第二の都市「沖縄市」は各字の青年会が、太鼓を叩き、踊りながら練り歩く、沖縄の旧盆行事【エイサー】の最も盛んな地域であり、1956年から続く県下最大のエイサーまつり「沖縄全島エイサーまつり」の開催地でもあります。
2007年には「エイサーのまち」を宣言し、【エイサー】による地域の活性化を目指し、行政と地域青年会が連携してまちづくりに励んでいます。
そんな中、2011年に「エイサーのまち沖縄市」をPRスルキャラクター【エイ坊】が誕生しました。一般公募により決定したキャラクターはその他に、女踊りの【サーちゃん】、締太鼓の【たーくん】、サナジャーの【さなじぃ】がおり、4人でエイサーをPRしています。ぜひ、沖縄市を散策してください。きっと、どこかでこの、4人に出会えるはずです。

では、道路沿いにある街灯の、各青年会のロゴ、衣装を着たエイ坊たち人形、紹介プレートを見ていきましょう。

久保田青年会

「比」とありますが久保田青年会のロゴです。

エイ坊たちは青年会の衣装を着ているようです。
ガラスが劣化しているのが残念。

久保田エイサーの特徴は、メリハリのある曲調に合わせた、大太鼓の力強く激しい動きと締太鼓の荒々しいバチさばき、「七月遊び」という曲で太鼓を盛り上げる激しい型、空手を取り入れた勇壮な男踊り、しなやかな女踊りには四つ竹を取り入れています。
曲目で見ると、エイサーではあまり使用しない古典の「瀧落し」「江佐節」や久保田オリジナル曲の「七月遊び」「守礼の島」「久保田ニーセーター」も大きな見どころです。また沖縄市では珍しい、サナジャーによる滑稽踊りも取り入れています。

ちなみにサナジャーとは一般的に言うチョンダラーです。

胡屋青年会

こちらはエイ坊ではなく女性のサーちゃん。

胡屋エイサーの歴史は古く、明治40年(1907年)の新聞に「品評会の余興で胡屋村のエイサーが踊られた」との記事が残っており、それ以前からの存在が窺えます。しかし、これまで青年会の活動自体は何度が断絶と復活を繰り返し、現在のエイサーは1990年代に当時の先輩方の努力と協力によって、現在の胡屋エイサーに受け継がれています。
踊りは、戦前はゆるやかな動きでしたが、現在は、速いテンポの曲に合わせた、スピード感あふれる力強い型になっており、女踊りの色鮮やかな衣装と、華麗な舞が特長です。また区民によって作詞作曲された、胡屋青年会オリジナルの「胡屋小唄」も見どころのひとつです。

知花青年会

知花エイサーの踊りは、早いテンポでの演舞、また「谷茶前」という曲で、隣の太鼓と交差し、お互いの太鼓を叩き合うところが特長です。
また、曲間の地謡のチンダミ(三線の調弦)中に、太鼓をリズムよく打ち鳴らすところも見どころのひとつです。

東青年会

東エイサーは、旧美里村中原部落の型を変化させたもので、当時の良いところを残しつつも、独自にアレンジした型を練り合わせ、曲目を増やすなど、試行錯誤を繰り返しながら、現在の型に至っています。
勇壮な大太鼓、ガマクの締太鼓、力強い男踊り、四つ竹や扇子を用い、華麗に舞う女踊りなど、店舗にも緩急をつけた、全11曲を踊ります。

室川青年会

室川青年会は、団長をはじめ、OB共に一致団結し、日々の練習や自治会活動、地域のボランティアに力を入れて取り組んでいます。
エイサーでは、テンポの速い曲と遅い曲を交え、力強いバチさばきが特徴です。
「唐船ドーイ」では、全員が前方に密着した迫力のある演舞が見どころとなっております。

山里青年会

山里エイサーは、戦前までは旧越来村仲原エイサーとして活動し、1975年には、エイサーコンクールでの優勝経験もあります。
当時の型を現在も受け継ぎ、踊り手は男性のみで構成されており、随所に空手の型を取り入れた力強くダイナミックな動きが特徴のエイサーです。

山内青年会

山内エイサーは、他エイサー曲ではあまり使用されない「谷茶ティール」「汀間当」「花笠」を含む12曲で構成されており、テンポの移り変わりの激しさ、大太鼓の力強さと、締太鼓のバチさばきに加え、男女手踊りの華麗さ、地謡の息の合った三線が見どころです。

諸見里青年会

諸見里エイサーは、全11曲で構成されており、最後まで曲と曲との切れ目がなく、スローテンポな曲から、速いテンポの曲への切り替わりの緩急をつけた動きも見どころのひとつです。
旗頭には、昔から諸見里の守り神として伝えられている獅子が描かれており、その旗頭を先頭に、力強く踊る大太鼓、キレのあるバチさばきの締太鼓、力強く踊る男手踊り、四つ竹を使い、しなやかに踊る女踊り、切れ目のない曲を奏でる地謡という構成になっています。

南桃原青年会

南桃原エイサーの特徴は、スローテンポから、徐々に速くなっていくところです。締太鼓のしなやかなバチさばきや女踊りの四つ竹を使った華麗な踊りも見どころとなっています。曲目では、南桃原エイサーオリジナルの「南桃原間切り」と、他エイサーではみられない「読谷山」の曲に合わせた型があります。

松本青年会

松本エイサーの特徴は、全体的に速く、また緩急のあるテンポと「沖縄育ち」「ケーヒットゥリ節」「戻り駕籠」など、沖縄市でも松本青年会でしか踊られていない曲目があります。
演舞においては、力強く、スピード感のある大太鼓、激しくもキレのある締太鼓m空手の型を取り入れた勇ましい男踊り、女性らしいしなやかで華麗な女踊りからなる構成で、全体的にテンポに合わせたスピーディーでが夏至九勢いのある演舞が特徴です。

比屋根青年会

地域の古老によると、比屋根エイサーは、大正期にはすでにあり、複数の鉦と銅鑼を用いた手踊り主体のエイサーだったそうです。
後に、金武町屋嘉の出身者により本格的なて踊りのエイサーが伝えられ、男女共に扇を用いた踊りになり、1980年代に、北谷の謝苅の太鼓エイサーを導入し、その後比屋根独自の型を練り込み、現在のエイサーになりました。軽やかな動きが特徴の太鼓踊りと舞踊の型を取り入れた手踊りが見どころです。
特に「唐船ドーイ」での締太鼓衆の躍動感あふれる踊りが必見です。

登川青年会

登川エイサーの特徴は、頭の上から回すバチさばきと、入場から、締めの「唐船ドーイ」まで、スローテンポとアップテンポな動きを織り交ぜた、変化に富んだ、勇壮華麗な型です。「久高マンジュウ主」では、締太鼓同士で向かい合い、太鼓を叩き合うのも特徴です。

中の町青年会

中の町エイサーは、1980年代に一度活動が途絶えましたが、2010年に当時の「伝統の型」を知る地元の方々から中の町エイサーを受け継ぎ、30余年の時を経て地域の青年有志によって復活しました。当時の特徴的な型の印象はそのままに、曲のテンポと足の踏み方に変化を施すなどの動きを織り交ぜ、また、地域史などからの情報をもとにかつて存在した曲目「海ヤカラ」「赤田首里殿内」を加え、「新・中の町エイサー」を構築しました。
中の町エイサーは、早い曲のテンポに合わせたダイナミックな動きに特徴があります。また、「赤田首里殿内」の女性のフェーシから「あやぐ」への移行も見せ場のひとつです。

照屋青年会

照屋エイサーは、1935年頃には踊られていたことが、当時の記録から確認されています。エイサーの特徴は、大太鼓の迫力とバチさばき、締太鼓の一糸乱れぬ動き、男手踊りの力強い踊りに、女手踊りのしなやかな踊りです。特に注目して見ていただきたいのは、独自でコミカルな動きで観客を魅了し、より一層照屋エイサーを引き立ててくれるサナジャー(チョンダラー)です。

高原青年会

高原エイサーの特徴は、速い曲調で、太鼓同士が交差しながら踊る型です。また、左右の列で、踊りの型が違う曲目もあり、見ている人を飽きさせません。また、円舞曲の中盤から、後半にかけて、段々とテンポがあがり、さらに「唐船ドーイ」では、一節目から、五節目まで、それぞれ型が違うのも特徴です。

園田青年会

園田エイサーは、旧越来村西里集落(現嘉手納基地)のヤキマージエイサーが、戦後、現在の園田に移り、今に引き継がれています。ヤキマージエイサー時代は、男性だけのエイサーでしたが、1959年位名称を園田エイサーに変えると同時に、女性の手踊りも加わるようになりました。
実績としては、1977年に全島エイサーコンクールが全島エイサーまつりに変わるまでの21年間で7回の最多優勝を含め、15回の入賞を果たしています。
テンポの速い曲に。切れ目のない曲のつながりと、大太鼓、締太鼓の力強いバチさばきが園田エイサーの特徴です。また、男踊りは、勇ましく、女踊りは優雅でしなやかな動きが特徴となっています。

住吉青年会

住吉エイサーは、1959年に結成されました。しかし、青年会活動の低迷により1980年代に一度活動を中断しましたが、1999年に地域関係者の協力によって復活し、現在に至っています。
住吉エイサーは、沖縄民謡の第一人者である、登川誠仁氏が創作されました。パーランクエイサーに見られる、隊形の変化と締太鼓ならではの迫力をミックスし、より巧みな構成に工夫されています。演舞中は曲によって、隊列を様々に変化させ、観客を飽きさせません。締めの「唐船ドーイ」は、花火をイメージした隊形で、迫力ある踊りとなっています。

越来青年会

越来エイサーは1907年(明治40年)の琉球新報の記事に掲載されており、約120年の歴史があります。
エイサーの特徴としては「坂原口説」「アヤグ」といった比較的テンポのゆっくりな曲があり、踊りでは締太鼓のダイナミックさと大太鼓の力強い動きが「グテーエイサー」として知られています。また、優雅さ漂う女踊りも注目してほしいところです。

嘉間良青年会

嘉間良青年会は、会員はもちろん、OB共にエイサー好きなメンバーが集まり、とても明るい青年会です。エイサーの特徴は、入場曲の「高離り」をはじめ、「仲順流り」「久高節」「トゥタンガーニ」「テンヨー節」「いちゅび小節」「固み節」「豊節」「スーリ東節」「唐船ドーイ」の全10曲で構成されており、「いちゅび小節」の交差する動きや、「豊節」で、一列に交わる動きが演舞の見どころとなっております。

大里青年会

大里エイサーは動きに鎌や鍬を使う動作を取り入れた、農作業をイメージした型が特徴的です。
演舞中は「笑顔を絶やさず、楽しみながら」を心がけ、会員ひとりひとりの心をひとつに踊っています。

池原青年会

池原エイサーは戦前より踊られ、現在も地域のエイサー保存会や先輩方の指導のもと、昔から踊られている型を変えず、守り続け永きにわたり継承されています。
踊りの特徴としては、大太鼓と締太鼓のやわらかくしなやかなバチさばきと、女踊りの優雅で華麗な動き、全体的にスローテンポな踊りが特徴です。また、沖縄市では珍しい、鉦を打ち鳴らしながら踊る「ケンケナー」という踊りの存在が特徴的です。

泡瀬第三青年会

沖縄市泡瀬第三青年会は、イキガモーイやイナグモーイがなく、太鼓と三線とサナジャーの指笛で音を奏でています。
踊りは、力強いエイサーというよりも独特の【流れ】で演舞していますので、他の青年会の踊りとは少しちがうエイサーです。
演舞曲の中にある「泡瀬」は地方の島袋辰也先輩が泡瀬第三青年会の為に作曲してくれたオリジナル曲なので、どこにもない踊りと歌で泡瀬第三青年会のメイン曲となっています。
泡瀬蓬莱節は、泡瀬チョンダラーの曲に歌詞を入れてオリジナルの歌にしましいた。入場曲として使用しています。

安慶田青年会

安慶田エイサーの起源は、文献が少なく、正確にはわかっていませんが、大正前期の記録が残っており、当時は手踊り主体のエイサーで、大太鼓一人に他はゼイン男性のみの手踊りで構成されていました。
戦時中に中断された活動は、1940〜1959年代に区内の青年たちにより復活し、現在の安慶田エイサーの原点である振り付けを、嘉手納町千原エイサーの流れを汲む有志より指導を受け、継承しています。
伝統的なエイサー節に加え、1970年頃には近隣の越来エイサーより「テンヨー節」の振り付けを習い、同じ頃に「いちゅび小節」を取り入れ、現在に至っており、大太鼓の力強いバチさばきと、締太鼓、手踊りの息の合った動きが特徴的です。

あああ

最後はたーちゃん、さーちゃん、さなじぃ、エイ坊、が迎えてくれてお終い。

 

今年の旧盆は8月15日〜17日なので、あと1ヶ月ほど。そろそろ公民館からエイサーの練習をしている音が聞こえてくる頃ですね。
踊りだけじゃなく、衣装やロゴなどにも注目して見比べてみるのも面白そうです。

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