2013.05.14

真珠道を往く(後編)

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先週の前編から引き続き、首里から那覇港へと続く『真珠道(まだまみち)』ウォークの後編をお届けします。

沖縄の歴史の道、首里から那覇港へと続く『真珠道(まだまみち)』ウォークの後編をお届けします。(前編をまだ読んでいない方はこちらから

前編で守礼の門を出発後、繁多川〜識名〜国場を経由し国道507号線までやってきました。
 

国道507号線〜真玉橋

首里からずっと激しい下り坂・登り坂を歩いてきたので、平地に出てきてここでほっとひと息。

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那覇から与那原へと続く大きな国道
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真玉橋がかかる国場川

国道を右に折れて国場川沿いにしばらく進むと、真玉橋(まだんばし)が見えてきます。

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真珠道と真玉橋。「玉」の漢字は違えど、真珠道にかかる橋であることからその名前がついたのであろうと想像出来ます。

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初代の橋は木造で何度も水害にあっていたため、第十一代尚貞王の1708年に石造りの五連アーチ橋に架け替えられたのだそう。

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ちなみに橋の両岸には、現在の橋の架橋工事の際に発見された当時の橋の遺構の一部が展示されています。

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現在の真玉橋(那覇側)
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三連のゆるやかなアーチ橋です

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橋を渡り切るといよいよ豊見城市。豊見城側にも橋の遺構の一部が展示保存されています。

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ここでちょうど自分の燃料が切れたのでお昼ごはん。真玉橋を眺めながら食べるおにぎりは格別の味です。このあたり一帯は湿地帯になっており、川岸に生えるマングローブや干潟に訪れる野鳥たち、カニやトビハゼなど磯で活動する生物たちを観察できる絶好のスポットでもあります。

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なんだかレトロでかわいらしい建物の真玉橋公民館。

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公民館の前には、約200年前の真玉橋改修工事を記した記念碑『重修真玉橋碑文』のレプリカがありました。
 

豊見城〜豊見城城址跡地

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豊見城に入り真玉橋(南)交差点を過ぎ、豊見城城址跡のほうへと歩いていきます。那覇港へ向かうならば国場川沿いに行ったほうが断然近いのですが、古地図を見ると当時この辺り一帯はまだ海だったようです。

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こういう謎階段を発見できるのもまた街歩きの魅力。

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饒波川(のはがわ)に出ました。奥に見えるのはとよみ大橋です。
左手に少し見えているこんもりとした山の頂上が豊見城城跡。14~15世紀にかけて勢力を振るった豊見城安司のかつての居城です。

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豊見城の按司が籠城する豊見城城に向け、尚巴志が石火矢を放ったという伝説が残る石火矢橋(いしびやばし)を渡り、右に折れて豊見城火葬場がある方向へ。

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真珠道の正規ルートとしては、豊見城城を囲む饒波川沿いにぐるっと進むようだったのですが、現在残念ながら道路工事で通行止めになっており、これ以上先には進めませんでした。

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というわけで石火矢橋を渡って直進する道へと迂回することに。
緑がいっぱいで気持ちのいい道ですが、これまた急な登り坂でキツイ。三十代のひざがギュッと悲鳴をあげます。

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半ば身体を引きずりながらようやく頂上へ到達しました。
かつてはグランドゴルフ場やバーベキュー広場などが整備され公園として開放されていたそうですが、2003年頃から閉鎖されたまま立入禁止になっています(現在は鹿児島県にある企業の私有地)。

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豊見城城から住宅街を下って行くと、7号線の旧道側に出ました。海軍壕公園の近くです。

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かつての豊見城城跡公園の入口には「休業中」の看板が貼られ、固く門が閉ざされていました。

つい先日、この場所に県立空手道会館(仮称)を建設することが決まったとの報道もあり、今後どのように変わっていくのか注目されている場所でもあります。
豊見城城址跡地構想 グスク保全し空手で交流
(沖縄タイムス 2013年4月29日の記事より)
 

小禄〜山下

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しばらく7号線を奥武山方面へ下り、小禄ボウルの手前あたりで側道の坂に入っていきます。まさかこれが真珠道と呼ばれる旧道だと知る人はあまりいないのではないでしょうか。

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ご近所の方らしきおばあさんと孫が、左手に見える岩壁から生えている植物を一生懸命採っていました。聞けばなんと苦菜だそう。こんなところに生えているなんて驚きです。

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今時めずらしいお菓子の自動販売機。

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道沿いの駐車場の奥にひっそりとカー(湧水)がありました。

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住宅街を抜けるとモノレールの下に出ました。奥武山公園駅から少し小禄方向へ進んだあたり。

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モノレール下の広い道路を横断し、路地の細い道へと進んでいきます。

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山下町と呼ばれるこのあたり一帯はかつて沖縄に上陸したペリー提督に由来する場所で、ペリーもち屋、ペリー幼稚園、などペリーの名を冠した建物が多いのが特徴です。
【沖縄 地名しりとり】山下町 にも詳しく載っていますのであわせてどうぞ。

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人ひとり通るがのやっとの道をさらに奥へ。周りには木造赤瓦屋根の古い建物も数多く残っています。

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足下に見えるのは、かつての石畳道の痕跡でしょうか?

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垣花小学校の裏側に出ました。古地図で見る真珠道のルートではこのまま那覇港まで直進しているのですが、現在道は無くなっており小学校の敷地に入るわけにもいかないのでここもぐるりと迂回することに。

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垣花小学校を越えて反対側。目指す那覇港が見えて来ました!
 

ついにゴール!

那覇港口の南岸側に設けられていた防御砲台がある屋良座森城(やらざもりぐすく)が真珠道の終点とされていますが、現在は米軍の現在は米軍那覇軍港の敷地内。フェンスがあって入ることができません。

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点線から先が軍港の敷地。

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というわけで軍港に突き当たった場所を今回のゴールと定めることにしました。
ヤッター!ヤッタゾーーー!!!

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ゴールまでの歩数は19,179歩。スタート時の歩数3,212歩を引くと約16,000歩。時間にして約4時間。
だからどう、という訳ではないですが達成感は半端ないです!また沖縄の歴史を知り、現代の景色と照らし合わせながら歩いてみるというのもなかなか乙なものですよ。

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ちなみにかつて屋良座森に建てられていたとされる住吉神社は、現在がじゃんびら公園の北側に移設されていました。

というわけで、少しわかりづらいですがこちらが今回の全行程の地図(クリックで拡大)。

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自分も真珠道を歩いてみたい!という方は参考にしてくださいね!
さあ次はどの歴史街道を攻めようかな。

 

 

 

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