2016.02.17

【入りにくい店に入ってみた】ゲンキ食堂

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好評のシリーズ【入りにくい店に入ってみた】。すごく入りにくい店構えだけどなんだか気になっちゃうあの店この店、意を決してどんどん踏み入れていこうと思います。沖縄にはディープなお店がまだまだたくさん眠っているのです。

沖縄の街を歩いていて大通りからふらっと路地裏などに入ってみると、営業しているのかいないのかも分からない、ものすごく入りにくい雰囲気のお店に出会うことがあります。
通るたびに気になって興味はあるのに、扉を開けるのにすごく勇気がいるような。

そこにあえて挑戦していくシリーズ、名づけて【入りにくい店に入ってみた】。
閉店してしまったお店も増えてきたので、この記事がみなさまの思い出になれば幸いです。

第1回:食堂 自流(閉店しました)
第2回:カムイラーメン喫茶(閉店しました)
第3回:平和食堂
第4回:聚楽苑(じゅらくえん)
第5回:マカビペット店
第6回:お食事の店 ホームラン
第7回:すきやき&おでんハウス 笑
第8回:USレストラン
第9回:宮古島の丼喫茶
第10回:お食事処 栄(閉店しました)
第11回:マイハウス
第12回:司屋
第13回:三星レストラン(閉店しました)
第14回:みえばし
第15回:喫茶スワン
第16回:小料理キヨちゃん ぱんぷきん(閉店しました)
第17回:金の椅子
第18回:垣花食堂
第19回:琉球薬草本舗

先日、入りにくいシリーズが好きだという、友人からこんなメールが送られてきました。

那覇の「ゲンキ食堂」を推薦します。
食堂では”入りにくい店”の那覇No1かと・・・。
意を決して入り「そば下さい」と言ったら、
「あい!おかずがいいハズ!!」にこっと言われ、
食べてたら天ぷら盛合せを出され「これも食べなさい!」「ごはんのお替りもしなさい!」
これがあの有無も言わさない、カメ~カメ~攻撃か・・・。
まさにゲンキになりそうな、10年位前の懐かしいシーンでした。

でも、木造だったから現存するかな~?

今はもう少なくなっている、これぞ沖縄の食堂という感じでしょうか。
今回は教えてもらった那覇のゲンキ食堂に行ってきました。

ゲンキ坊やがいる

こちらがゲンキ食堂。
住所は那覇の壺屋ですが、大通りから中に入った住宅街にあります。
奥に見えている道へは車では入ることができず、つまるところ行き止まり。周りには駐車場もなさそうなので一旦Uターンして駐車できるところを探して戻ります。

先ほどお店のフォントを見てもしや?と思っていましたが、近づいてみるとまさしくアレです。


ゲンキ乳業のゲンキ坊やが

ゲンキ坊やは気になりますが、とにかく入ってみましょう。

こじんまりした店内にはテーブルがひとつ。
私が入ったタイミングで、食事を終えたおじさんが出て行きました。

壁には煮付け、みそ汁、骨汁、さしみと、沖縄の食堂ならではメニューが並びます。
しかし「煮付けはできますか?」と聞くと「うーん、できないよ。天ぷらがいいはずよ」と言われました。

おすすめされた天ぷらはなんか色々かぶって見えにくいんですが。

「じゃあ全部の種類を1種類ずつください」と注文。
「座って食べていく?でも持って帰れるようにしておこうね。200円ね!おまけもしておこうね」

そう言って、おばさんは天ぷらを持ってきてくれました。

一見普通の沖縄天ぷらのようですがサイズがめっちゃ大きい。
取り出すのも躊躇した野菜天ぷらは袋の中で二枚折になっていました。


これは芋

座ってね、と言われるまま座ると、急須から暖かいお茶を汲んでいれてくれました。
そしておばさんはいつも座っている定位置に座ります。
どこかというと同じテーブルの向かいの席です。


ゲンキ食堂のおばさん

相席ですね。この当たり前にグッと入ってくる距離感。素敵です。
せっかくなのでお客さんがいないうちにいろいろ聞いてみました。

おばさんに話を聞く

—天ぷらが大きいですね

ふふふ。
前はもっと大きく焼いていたけど、お客さんから「おばあ、大きいよ!」って言われるから負けてしまって。
これでも随分小さくなったんだよ。

—お店はいつからされてるんですか?

お店は40年余るよ。
開ける時間は早いときも、遅いときもある。
おばあだから、わがままさ。
怠けてはいないよ、でもお客さんによっては「おばあ怠けてる」って(笑)
でも人がいっぱいきて髪もとけなときあるよ。

—ゲンキ食堂とゲンキ乳業はなにか関係があるんですか?

よくわかるね!(笑)
うちの旦那があっちで何十年って働いていたから。それから取って。
復帰して名前が変わったでしょう。ゲンキ坊も使っていいか聞いたらいいっていうから。
ここに来る前は私の名前で食堂もやっていたけど、それはやめてゲンキ食堂にしようって。
ゲンキ食堂にしてから40年。

※ゲンキ乳業は1970年に森永乳業と資本提携し「沖縄森永乳業」になりました。

—今は天ぷらだけなんですか?

煮付けとか大変なのはやってないの。作っているときに天ぷらの予約が入ったら天ぷらが作れなくなるから。うちは天ぷらが優先だから。
沖縄そば、焼きそば、みそ汁なんかはすぐできるから出せるよ。
常連の人は特別に食べたい放題、好きだなって思うものをなんでも作って出すよ。

—なぜこの場所でお店を?

自分で家を作ったからね。
自分の旦那には「ここにはお客さんいないよ」って言われたけど、「どこに行っても人間寄りだから」と言って。「お客さんが寄ってくるよ」って。
40年間、お客さんは切れないではある。今帰ったおじさんも来てくれてから40年余るよ。

いつ辞めるかね、ってしてるけど。
みんなが「辞めるな、辞めるな」して。そう言われると辞めたらかわいそうになるさ(笑)
だから、もうちょっとぐぁー頑張ろうかなって思って。できる範囲はやれるさね。

—開店当初から使っている道具もあるんですか?

もうみんな捨ててない。みんな置いてある。
みんな動くよ。大口が入ったら今でも動くときあるよ。
売ってって言われることもあるけど、まだ使っているから売らないよ。


使わないものは窓の外へ。物置のように置かれていました

—お商売をする上で、大切にしていることはありますか?

お客さんが寄ってきて、それが一番大切。
他には何にもいらない。お金も食べるだけあればいいから。
だから常連さんなんかが、相当貯めているはずねー!って言うから大笑いして。
「えー、今からお金貯めるんだよ!」って言ってからに(笑)

私はもうお客さんがいらっしゃって、食べて帰ってくれたらそれで満足。
それだけを守ってやってきたよ。それでいいわけよ。
人間は長らくは生きられないさ。みんなに思われてあっちに行ったほうが喜びさ。
こんな風に、お客さんからもハガキが送られてきて。こういうのが嬉しいよ。


店内には送られてきたハガキや写真がたくさん飾られていました

おゲンキで

20分ほど話をさせてもらって、次のお客さんが来たので帰ることに。
おばさんは「またいつでも来てね」と手を握ってくれ、お店の前まで送ってくれました。

おばさんは80歳になるそうです。
いつまでできるかねーとおっしゃっていましたが、どうぞ、どうか、いつまでもおゲンキで。

那覇のゲンキ食堂は、本当にこちらがゲンキになれる食堂でした。

ゲンキ食堂

沖縄県那覇市壺屋2-23-10

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