「都道府県別」慰霊の塔コンプリート

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
今日6月23日は「沖縄慰霊の日」。そんなわけで戦没者のための慰霊塔にスポットを当ててお送りしようと思います。

6月23日、沖縄「慰霊の日」

毎年6月23日は沖縄県にとっては特別な日です。
1945年に沖縄戦の組織的な戦闘が終結したことにちなんで「慰霊の日」が定められ、学校や役場も今日はおやすみ。
糸満市の摩文仁にある平和記念公園では沖縄戦没者慰霊祭が行われています。

というわけで、DEE okinawaでも慰霊の日にちなんで、沖縄県の伊禮さんを集めて「伊禮の日」みたいな馬鹿なことをしてみようとも思ったのですが、今日は戦没者のための慰霊塔にスポットを当ててお送りしようと思います。

 

最大規模の陸戦「沖縄戦」

まずは沖縄戦の概要から。wikipediaには

沖縄戦は1945年3月26日から始まり、主要な戦闘は沖縄本島で行われ、組織的な戦闘は6月23日に終るはずが3日早く6月20日に終了した。米軍の作戦目的は本土攻略のための航空基地・補給基地の確保であり、日本軍のそれは当時想定されていた本土決戦[1]への流れの中に位置づけられる[2]。帝国陸軍はサイパンの戦いなどで行った水際防御を避け、ペリリューの戦い・硫黄島の戦いで行われた内陸部に誘い込んでの持久戦を基本方針として戦った。特に首里(現・那覇市の一部)北方で激戦となり、周辺空域では特別攻撃隊を中心とした日本軍航空部隊が航空総攻撃を行い、陸軍空挺部隊から抽出されたコマンド空挺部隊・義烈空挺隊も投入され、海域でも戦艦「大和」などの海上特攻艦隊と連合軍艦隊の間で海戦が行われた。上陸後2ヶ月経った1945年5月末に連合軍は首里を占領し、日本軍は南部に後退したが6月下旬までに組織的戦力を失い、掃討戦は終戦まで続いた。

使用された銃砲弾の数は、アメリカ軍側だけで2,716,691発。このほか、砲弾60,018発と手榴弾392,304発、ロケット弾20,359発、機関銃弾3,000万発弱が発射された[3]。また、地形が変わるほどの激しい艦砲射撃が行われたため、この戦闘を沖縄県では「鉄の雨」や「鉄の暴風(英:Typhoon of Steel)」などと呼ぶ。[4]そのため、不発弾処理は主に那覇駐屯地の陸上自衛隊第15旅団第101不発弾処理隊の手により、2010年現在も継続中である。

沖縄戦での全戦没者は20~24万人とされる。沖縄県生活福祉部援護課の1976年3月発表によると、日本側の死者・行方不明者は18万8136人で、沖縄県出身者が12万2228人、そのうち9万4000人が民間人である。ただし、沖縄県出身者の死者15万人以上という一部研究者による推計値もある。日本側の負傷者数は不明。アメリカ軍側の死者・行方不明者は1万2520人で、負傷者7万2千人であった。

と書かれています。沖縄戦は日本国内の最大規模の陸戦で、実に多くの人が亡くなった戦闘だったのです。
この戦闘で沖縄県の方だけでなく、各都道府県から沖縄戦に参加した方も多くが命を落としました。そのような人たちのために、沖縄県には各都道府県の慰霊塔があるのです。

 

沖縄には各都道府県の慰霊の塔がある

それでは早速各都道府県の慰霊の塔を見ていきましょう。

 

北霊碑(北海道)

北海道の北霊碑。建立は1954年で都道府県別の慰霊碑としては最初に建立された慰霊碑なのだそう。

 

みちのくの塔(青森県)

慰霊碑入り口
由緒がりんご型

青森県の慰霊碑「みちのくの塔」。複数碑があるのは、沖縄だけでなく、各地で亡くなった人も合祀しているから。各碑はそれぞれ亡くなった地域(ニューギニアなど)を向いているようだ。

 

岩手の塔(岩手県)

岩手の塔。普通の慰霊塔。

 

宮城之塔(宮城県)

 

千秋の塔(秋田県)

塔の近景
後ろの壁には言葉が

 

山形の塔(山形県)

山形の塔。この塔は他の県と離れて糸満市米須にある。

 

ふくしまの塔(福島県)

碑は山の格好
慰霊碑の手すり部分に各方面の慰霊碑が

ふくしまの塔。山の格好なのだけど、これは磐梯山を現しているらしい。

 

茨城の塔(茨城県)

 

栃木の塔(栃木県)

栃木の塔。沖縄の破風墓を模したものだそう。石材は沖縄産のトラバーチンを使っている(と由来に書いてあった)。

 

群馬の塔(群馬県)

 

埼玉の塔(埼玉県)

由来を書いてある石版
後ろの壁に埼玉の塔の文字

埼玉の塔。後ろの白い壁は「戦没者がこよなく愛した肉親への数々の願いを託し文字にならなかった遺書」を表現、手前の鉄像は「たとえ故人が戦いによりその生命が絶たれてもその精神的生命なかんずく平和希求への至情は植物の世界にかえって不断の生命を宿す草のように生き続けたえず平和な人類社会への創造へと呼びかけている姿を抽象化し表現したもの」だということ。

 

房総之塔(千葉県)

全面の石版
塔の中心のオブジェ

千葉県の塔。塔の中心のオブジェは玉魂というらしく、平成5年の台風で破損したために、今のものになったのだが、県花の菜の花と千葉県を波の形としてあしらったものなのだそう。

 

東京之塔(東京都)

東京都の塔。シンプルかつソリッド。

 

神奈川の塔(神奈川県)

神奈川の塔。左右の建物には何かを収めているみたいなスペースがあった。

 

新潟の塔(新潟県)

火焔土器
碑の後ろ側

新潟の塔。左右のオブジェは多分「火焔式土器」。新潟の笹山遺跡から出土した。

 

立山の塔(富山県)

富山県の塔。デザインなのだろうけど、ものすごく斜めになっている。

 

黒百合の塔(石川県)

石川県の塔。「国立公園白山の高峰に咲く花より選んで」この「黒百合の塔」とい名称になったとのこと。

 

福井之塔(福井県)

 

甲斐の塔(山梨県)

甲斐の塔。山梨県と高知県は八重瀬町の具志頭に塔がある。

 

信濃の塔(長野県)

 

岐阜県の塔(岐阜県)

岐阜県の塔。この塔のデザインは合掌を現しているのだそう。

 

静岡の塔(静岡県)

静岡県の塔。塔に描かれている山はやっぱり富士山だろうか。

 

愛国知祖之塔(愛知県)

もともとは浦添城址にあったものを平和記念公園に移転したものだそう。平和記念公園の慰霊碑の中でも見晴らしの良い場所に建っている。

 

三重の塔(三重県)

入り口が鳥居だったり、敷地内に石橋がかかっていたり、神社や日本庭園みたいな趣。

 

近江の塔(滋賀県)

琵琶湖大橋?
塔の後ろには戦没者名簿

 

京都の塔(京都府)

京都の塔があるのは沖縄戦の激戦区だった嘉数高台公園。嘉数高台公園にはトーチカの跡や砲弾跡の残った壁など戦跡も見ることができる。

 

なにわの塔(大阪府)

 

のじぎくの塔(兵庫県)

塔への入り口
塔の前に数字が書いてあったが何かは不明

兵庫県の塔。のじぎくは兵庫県の県花。

 

大和の塔(奈良県)

奈良県の塔。この塔は平和記念公園ではなく、糸満市米須にある。塔のデザインは「百万塔」。

 

紀乃國之塔(和歌山県)

 

因伯の塔(鳥取県)

 

島根の塔(島根県)

塔の入口部分
香炉みたいなやつ

 

岡山の塔(岡山県)

 

ひろしまの塔(広島県)

塔の右側
塔の左側

 

防長英霊の塔(山口県)

 

徳島の塔 (徳島県)

 

讃岐の奉公塔 (香川県) 

塔の入り口
各市町村の名前が

香川の塔。人形のオブジェは「奉公さん」といい「むかしむかし讃岐の国の殿様に仕える可憐な乙女がおってな/その娘はお姫様の身代わりに病気になり、悲しくも命を失った/人々はその死をいたみ誠実にして至純献身的なその心をあわれんで奉公さんと名づけ人形をつくり功績をたたえたそうな」という由来があるらしい

 

愛媛の塔(愛媛県)

 

土佐之塔 (高知県)

高知県の「土佐の塔」は山梨県の「甲斐の塔」と同じで八重瀬町の具志頭にある。

 

福岡の慰霊の塔(福岡県)

 

はがくれの塔(佐賀県)

佐賀県の塔。なぜ「はがくれ」なのかよくわからなかったけどこういうことらしい。

 

鎮魂長崎の碑(長崎県)

 

火乃国之塔 (熊本県)

 

大分の塔(大分県)

 

ひむかいの塔(宮崎県)

塔の入り口その1
塔の入り口その2

宮崎県の塔。塔の入り口には埴輪を配置。

 

安らかに(鹿児島県)

鹿児島県の塔。後ろのオブジェは「戦争の惨禍によりお互いがずたずたに切り離されましたが、肉親や故郷を渇望しつつ沖縄で散り果てた人々と私どもの断つことのできない永遠のきずなを表現したもの」だそう。

 

「沖縄の塔」はない

というわけで、都道府県別慰霊の塔、いかがだったでしょうか。

沖縄県には「沖縄の塔」はありませんが、有名な「ひめゆりの塔」や同じ女学生の「白梅の塔」「でいごの塔」、男子学生の「健児の塔」、また多くの戦跡があります(あまり詳しくなくて申し訳ありません…)。

irei198.jpg

私の世代は戦争を知らないわけで、戦跡やお話や読み物でしか戦争を感じることができません。だからあんまり偉そうなことは言えませんが、今日は沖縄「慰霊の日」。

「戦争」や「平和」について今一度、それぞれが自分自身考えてみることが大事なのかなと思います。

12時には黙祷も忘れずに!それでは明日からは相変わらずのDEE okinawa(でぃーおきなわ)をお楽しみください。

Copyright©DEEokinawa All Rights Reserved.
このウェブサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。すべての著作権はDEEokinawaに帰属します。

ページのトップへ