【ロングインタビュー】カネシマシュンは何者だったのか

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2018年沖縄県知事選挙。マスコミにほとんど触れられなかった第四の候補者「カネシマシュン」とはいったい何者だったのか。お話をうかがった。

ええと、昔から「政治と宗教と野球の話はするな」と申しまして。これらの話は終わりがないかららしいのですが、昨今のSNSなんかを見ていると政治の話はそれはもうひどい罵詈雑言の応酬だったりするわけです。

DEEokinawaでも政治にまつわる話題にはあまり触れないスタンスでいたのですが、先の2018年9月30日に行われた県知事選に出馬したカネシマシュンさんを見て衝撃を受けたのです。

インパクトのあるポスター。

他の候補者の事務所に入り浸り。

県知事選の結果としては3638票で落選してしまったのですが、県知事選の最中で最も面白い事をやっていたのはこの人だったのではないかと僕は思うわけです。

沖縄県知事選後、色々な総括がなされてきたわけですが、カネシマシュンさんが何者だったのかについては結局ほとんど報道されないままになっています。いったいこのカネシマシュンさんは何者なのでしょうか。

というわけで本日はカネシマシュンさんに取材依頼をして、なぜ県知事選に出馬したのか、選挙戦はどうだったのか、選挙を終えてどうだったのかお話を聞いてみたいと思うのです。

県知事選に出馬するまで

- 本日はよろしくお願いします。まずカネシマさんの公式サイトを見たのですがプロフィールがかなりすごくて!


カネシマさんの公式サイトに載ってるプロフィール。濃い。

そうですかね?本人なんでなんとも。

はじめは料理人になろうかなと思って目指していたんですけど、専門学校のお金がないということで、祖父がやっている自動車屋さんを手伝ってたんですね。それで1年くらいやっていたんですけど、やっぱり興味が無いことは続かなくて(笑)。車の知識も覚える気もなかったですね。でもおじいちゃんは社長なんで大目に見てくれてたんですが、その状況がイヤで。そのまま行けば継ぐ、継がないみたいな話もあったんですけど、なんかちょっと違うと思って。

それでやりたかったことって何だろうって考えてプロレスラーになりたいなって思ってですね。FMWに応募したんですが落選しました。学生の時も好きだったんですが、幼稚園の時にタイガーマスクを見てその頃からプロレスは好きでしたね。

- それでフリーターになったと。

プロレスに落ちて、他に好きなことは何だろうと考えたんです。ゲームが好きだったので、ゲーセンで働いたらタダだよねということで、ゲーセンで働いてフリーターになりましたね。

- 次に「バンドを始める」とありますが

もともと見る専門で自分でやるみたいなことは考えてなかったですね。ただ、格好いいなって思ったバンドのライブに何回か行きだして、ファンじゃ無くてどっちかといえば友達になりたいなと思って。じゃあバンドをやっちゃった方が早いのかなと思ったんです。

- そして「自主企画でイベントを始める」とあります。自主企画のイベントとは?

ライブイベントですね。東京で声を掛けたバンドが沖縄に来るという事になって。その時は別のイベンターだったんですけど、ゴリ押しして「僕らのバンドも出してくれ」って言って。当然無理って言われたんですがちょうど出る予定のバンドがひと組解散しちゃって出られることになったんですよ。

そこの打ち上げで次は僕にやらせて下さい!って。レンタカーも宿も全部手配します!ってところから始まりました。

まあイベントなんてやったこともないので、野外でやりたいけどどこがいいんだろうってことで海洋博とか色々ライブができる場所を調べたんですよ。でもなんか違うなって思って、みんながビビることをやろうと思ったんですよ。その頃ちょうど那覇空港が建て替えで昔の建物が残ってて、そこを使わせてくれって電話したりしたんですが当然駄目でした。次はどこだろうって思った時に米軍だと。基地の中にはライブをできそうな所がたくさんあるだろうと思って基地に電話したんですけどやっぱり駄目でした。なんだこれみたいな(笑)。今から考えるとよくやったなと思います。

- 「バンドを解散してインドへ渡る」とあります。なぜインド?

理由は分からないんですけど、バンドを解散した時に彼女に振られて、職場もなくなってて、今しかないんじゃないかなと。もともと「ジョジョの奇妙な冒険」を見てて行きたいなってのはあったんです。なんやかんやで彼女がいるとか仕事があるとかの言い訳が全部無くなって、もう死んでもいいなって思って。その時の全財産は飛行機代を払った2万円しかなかったんですが最悪なんとかなるなって。

- そして所持金700円で上京と書かれています。

インドから大阪の知人を頼って行ったんですけど、インドにいる期間中に事情が変わったらしく泊められないといわれてしまって。とりあえず東京に行こうと思ってバスで行きました。所持金は700円くらいで携帯も止まっていたのでどうする?って思ってましたね。でも不思議とワクワクしかなかったんですよ。ここから俺始まるんだなって。

とりあえずバンドのツテで友人宅に朝6時くらいに行って。しばらくは泊めてもらいました。携帯もつなげろって2万借りてですね。で、仕事を探したんですが履歴書を買うのがもったいないじゃないですか。だから履歴書が必要無い仕事だとだいたい日雇いなんですよ。

日雇いは毎日違うところに行くので刺激がありましたね。その中で一番印象深かったのはイタリア人と3日間でピザの窯を完成させるって仕事でしたね。イタリア人が日本語も英語も使えないという。まだ明大前のサルヴァトーレってお店にその窯はあるはずですよ。

- 次は結婚を機に沖縄に帰郷するも数ヶ月で上京となってますね。

はい。当初恩納村にあるライブハウスがありまして、ある人にそこでバーを任せてもいいよって言われて。でも帰ってみたらやっぱり口約束で他の人にすでに貸してしまってたんです。で、どうしようと。何かしないといけないなと思って。結婚式も控えてるので。

飲食をやりたかったんですけど店舗を持つのってすごくコストがかかるじゃないですか。じゃあ屋台だなって思った時に手の込んだことはできないなと思って。で思ったんですが、焼き鳥って鶏肉を串に刺して、炭で焼いたらなんでもうまいじゃんって。これは失礼な言い方ですけど。しかも焼いてたら塩、タレで味も変えられるじゃないですか。これオペレーションも楽だしすごくいいなって思って焼き鳥屋台をやることにしたんです。

昔沖縄で焼き鳥屋台が流行ったことがあったんですよ。そのはしりのお店が浦添にあって。そこに行って「働きたいです。お金いらないので働かせて下さい」って言って1日働いたんですよね。そしたらすごく教えてくれて。だいたいやり方は分かったので「自分でやるので辞めます」って言ったら「仕入れ先はあるのか」って聞かれて、「ないです」って言ったらじゃあタレとかも持っていけって肉も串打ちしてるものをうちで売ってるから使っていいよって言ってもらってすごく良くして頂いて。

お店を出したのは糸満…豊見城かな?マックスバリュがあったんですよ。そこの向かいですね。

- なぜ再び上京することに?

妻のお父さんが焼き鳥屋に反対で。すごく喧嘩しましたね。あのときはすごく悔しかったです。お店もそこそこは売れるくらいの感じになってたんです。

- そしてIT業種に就職と。

東京に帰ってから一度は飲食の仕事をしていたんです。でも妻に「昼の仕事がいい」って言われて。もうじゃあ選んでくれよって感じで妻にハローワークから求人票を持ってこさせて。お菓子の営業とかトラックの運転手とかもありました。僕、就職なんてしたことないんで、とりあえず全部受けたんですけど結果全部受かりましたね。

応募動機ってあるじゃないですか。どのサイトを見ても似たようなことしか書いて無くて、じゃあ書かなくていいやって空欄で出すと絶対つっこまれるんですよ。なんで?って聞かれて、僕の想いは書き切れないですって言って(笑)。

- それでよく受かりましたね

最後に何かありますか?って聞かれたときに「落とすと後悔しますよ」って言ってましたね。どこからその自信がって言われたりもしましたけど、自信なんて無いんですよ(笑)。ただ、やらなきゃいけないので、「落ちたらもう一回明日また来ます」っていって。

- そして最終的にIT業種に就職したと。そしていよいよ県知事選に出馬ですね…!

 

【編集部注】
ちなみに2019年2月1日よりボーダーインクより『沖縄<泡沫候補>バトルロワイヤル』(著:宮原ジェフリー)という本が発売された。この本では又吉イエスさんから始まる沖縄の泡沫候補について取り上げられているのだが、かなりのページをカネシマさんに割いて紹介している。バンドを組んでいないのにバンドに対バンを依頼したり、供託金を払おうと思ったら50万しかお金が下ろせなかったなど逸話も沢山あるので興味がある方は是非読んで頂きたい。
沖縄<泡沫候補>バトルロイヤル (ボーダー新書) 宮原ジェフリー

 

沖縄県知事になろうと思った瞬間とは

- いよいよ本題です。なぜ沖縄県知事に立候補したんでしょうか?

うーん。これよく聞かれる質問なんですけど。ただ「俺、県知事になるな」と思って。きっかけも探っていくとこれっていうものは無いんですよ。それこそ政治家は全員嘘つきだと思ってたし。ただ、これは俺が一回なった方がいいなって思ったんですよね。しがらみの無い人が一回やらないと大きく変わることは無いなって思って。

俺がなった方がいいというのも、まず若い人が選挙に出なきゃならない。そして若い人の関心を集めないといけないと思いまして。政治家の文句を言うやつはダサイと思ったんですよね。それは僕も一緒だなと思って。じゃあ出ようと思って、出る方法を調べてみたら出る資格はあるんだなと。出るタイミングなんだなと。じゃあ全力でやってやろうと。

- 県知事選ってどうやったら出られるんですか?

まずは電話なんですよ。電話でまず選挙管理委員会に出たいって連絡すると、いついつに説明会があるので来てくださいって案内されます。それで住所と名前を控えられて説明会の案内が送られてきて。説明会に出ると資料を大量に渡されるんですよ。で、公示日前にこれを全部記入して提出してくださいといわれます。これが分かりにくくて、小さい字でものすごく分厚いので、それこそ漫画にしてくれないかなと思いました(笑)。

それを書いて出して、供託金を用意して管理事務所でチェックを受けます。確認後に書類に封をされて、それを明日の○時から○時の間に持ってきてくださいと言われるんです。実際に書類を提出して立候補になります。

- 県知事選に出ることを家族や職場にはどう伝えてたんですか?

家族には言わなかったです。何気なく「県知事選に出たらどうする?」とは言ってはいたんですけど、またまた、みたいな反応でした。会社では有給を取ったので「なんで?」って聞かれて「選挙に出ます」って話をしました。そしたら「止めてもやるんでしょ」って言われて「やります」って言ったら「じゃあいいよ」って(笑)。今の会社じゃなかったらできなかったですね。

全て段取りが揃った時点で家族には伝えましたね。

会社には県知事選に受かったら辞めますとも伝えてありました。当初の予定はとりあえず有給期間中に県知事選をやるつもりだったんですが、会社にバンバン問い合わせがあって、業務が回らないくらいになっちゃって。もうこれ駄目だと思って辞めますって伝えました。問い合わせがの電話が来ても「辞めました」って言って切ってしまって構わないと伝えておきました。

それで肩書きに「元会社員」って書かれるようになったんですよ。なんだそれって。結構言ったんですよ「貴族って書いてくれ」とか。駄目でしたけど。

あとは県知事選に出るとマスコミのアンケートが結構な量あるんですよ。紙ベースで。僕一回データを打ち込んでて、それをデータで送るよって言ったら駄目ですって。なんでですか?って聞いたら「決まりなので」って言われて。書くのも結構手間なんですよ。これどうするんですか?って聞いたらデータにしますって言われて。じゃあデータでいいじゃんって思ったんですが「決まりなので」の一点張りでしたね。

- アンケートに答えた割りにはさらっとした扱いでしたね。

酷かったですよ。なんであんなことが起こったんだろうって思うと新聞だって企業じゃないですか。しょうがないのは分かってるんですけど。昔から新聞を見てきて、僕はあれが正義だと思ってたんですよ。あ、違うんだってその時に思いましたね。

- 県知事選の最中もマスコミについて文句を言われてましたよね

文句というか、思った事は全部書こうと思いました。デニーさんとサキマさんは絶対に言えないので僕が言おうと。ちゃんとやれよって。時間掛けてやったわりにあのアウトプットならやる意味ないよねって。こっちは一人でやってるから睡眠時間削ってポスター貼ってるわけで。ほんと酷いなぁと思いました。

 

たったひとりの県知事選

- さて、県知事選ですがポスター貼りにかなり苦戦されてた印象があります。

大変でしたね。ポスターの掲載場所って各市町村によってフォーマットも全然違うし、各市町村に行って取りに行かないといけないんですよ。地図が古かったり、地元の人も分からない場所があったりもして。

ポスター貼りも最初はなんやかんやで知人が手伝ってくれるかなと思ってたんですけど、商売人ほど政治活動は参加が難しいんです。学生だって昼間は学校だし、他の人たちはどうしてるのかな?って思いましたね。仕方ないから一人で貼ってると「手伝いますよ」って人が来てくれて。でも急に来られても信用できないじゃないですか(笑)。僕、選挙に出るのも初めてなんで出る前に那覇のミンクって喫茶店でランチを食べながら「クニミツの政」って漫画を読んだんですよ。

【編集部注】
『クニミツの政』(クニミツのまつり)は2001年から2005年まで「週刊少年マガジン」で連載されていた漫画。作画は『サイコメトラーEIJI』の朝基まさし。市長選がメインの話だが対立候補が割とえげつない妨害工作を仕掛けてきたりする。

で、市長選でこんな感じならば県知事選だと何されるんだろうって不安になってまして。でもポスターを渡すと「貼りましたよ」ってきちんと画像を送ってくれたりしましたね。だんだんポスター貼りの輪も広がっていって、ある日知人を介してデニーさんの後援会の人が会いに来てくれて。その時もまたポスターを捨てられるんじゃないかって思ったんですけど「これはフェアじゃないから貼るのを手伝ってやる」って言われたんですよ。「もちろん俺はデニーさんに入れるしお前には入れないけど、ただお前がやってることはいいことだから手伝う」って言ってくれて。その人達がすごく貼ってくれて。

1枚貼るのも2枚貼るのも一緒だから初美さんのポスターも貸しなって言われて。僕が言ったらアレですけど、今後ポスター貼りはみんなこうやるべきだって思いましたね(笑)。

他にもとある離島だったんですが、そこは自民系が強くてポスターは佐喜真さんしか貼られてなかったんですよ。それっておかしいんじゃないかという所から興味を持ったという人がTwitter経由で連絡をくれてポスターを送ってくれっていうのもありました。

- ポスターに結構バリエーションがあったのが印象的でした。

ポスターは三種類ありました。実はもっと色々な案があって映画みたいなポスターを作りたかったんですよね。スーツを着て「明日に向かって羽ばたけ!」みたいなポスターって嘘くさいじゃないですか(笑)。ポスターを分けたのも理由があって18歳から選挙に行けるじゃないですか。まず学生さんに選挙って面白いんだぞって興味を持って欲しかったんですね。選挙期間中ってお祭りだと僕は思っていて、「ああ、なんか面白い」って思ってもらえるように。まずそこから気を引かないとって思ってました。オッサンのどアップとかいらないだろうって思ってて、だったら顔を出す必要もないかなって。

- 他にもポスターで苦労された点はありますか?

選挙ポスターってシールなんですよね。他の人は。僕はお金が無かったので一番安いプランにして普通の紙だったんですよ。いざ刷り上がってどうやって貼るんだろう?って他の人を見たら「あ、シールか」ってなりましたね。ポスターを貼る板も市町村によって木だったりアクリル板だったりするんですよ。

これだけは言えるのは、選挙ポスターはシールにした方がいいってことですね。高いですけど。県知事選だとポスターを貼る箇所が2400箇所くらいあるのでバカにならないですけどね。

でも最終的な投票数で見て頂きたいのですが、僕が一番コスパはいいと思っています(笑)。

- コストの話がでてきました。結局県知事選ではいくらくらいお金を使ったのでしょうか?

細かい数字は端折りますけど、だいたい330万ですね。300万が供託金で、30万がポスターと選挙事務所代とかですね。ガソリン代とかを含めたらもう少し行くかもしれません。

【編集部注】
県知事選の供託金は300万円。有効投票総数の10分の1に得票が満たない場合は没収されてしまう。

- Twitterに出てきた事務所の写真も衝撃的でした。

事務所ヤバかったですね。ソファしかなかったですね。変な所から蛇口が出てるし(笑)。

最初は車で生活しようかなと思ったんですけど、選挙管理委員会に事務所がないと駄目って言われて、そうなんですか?みたいな。慌ててバンドの後輩に電話して、事務所どこかないかな、お金ないんだよね。あと住むところもないんだ。って相談したら、もとカフェで9月中に改装して10月からオープンって物件があって、そこの工事を止めますって言ってくれて。車も仕事で使ってる軽トラックを使っていいですよって言ってくれたんです。

そこの事務所なんですが、目の前が某政党の支社みたいな所だったんですよ。こっちは「クニミツの政」でビビってる訳じゃないですか(笑)。漫画の印象でめっちゃ怖いと思ってて事務所のシャッターはずっと下ろしてましたね。のぼりもポスターも貼らずにずっとこそこそ息を潜めてました。まあ蓋を開けてみたらそんな陰湿なことは全くなかったんですけど。

- カネシマさんの選挙戦でもうひとつ。同じ県知事選に出ていた渡口初美さんとすごく仲良くやっていた印象がありました。

仲いいですね。県知事選の候補の人は全員Twitterでフォローしてたし、演説も聴きに行ったんですよ。初美さんは最初Twitterで見てて83歳でなんだろうこの人って思ってて。でも考えは似てるかなって思いました。例えば選挙カーっているんだろうかとか。あれって壮大なオナニーじゃないですか。本当に人のためになってるんだろうかって。

そしたら初美さんからTwitterに「お茶しませんか?」ってダイレクトメッセージが来まして。これひょっとしたら毒とか入れられる流れなのかなぁって最初は思いました。でも選挙事務所には何人かいるだろうけど、最悪囲まれても物理的に勝てるかなって思って。警戒して行ったんですけど拍手で迎えられまして(笑)。

戸惑ってたんですけど、考えを聞いたらすごく面白くて。どうせだったらそのままYoutubeで配信しちゃおうって。マスコミが報道しないならこっちでやっちゃいましょう!って流れでスピードはめちゃめちゃ速かったですね。

どこに事務所があるのかって聞かれて、どこどこでやってて、ひとりで寂しいですって言ったら「じゃあFaxも電話もこっちのを使ったらいいさー」って言ってくれて。みんないい人でここでやりたいなって思いました(笑)。

初美さんと関わっていくと沖縄県知事は僕じゃなくて初美さんがなったほうが面白かったのかなとも思います。あの人ぶっ飛んでますからね。

あの人が言ってたのは「83歳でいつ死ぬかわからないでしょ、私」って。「死ぬときぐらい誰かのためになってもいいんじゃないか」って言ってて、それは僕も一緒だったんですよ。僕もこの先死ぬし、残りの人生全部家族だったり、沖縄のために使えないかなって。一番手っ取り早いのは起業だと思ったんですけど、沖縄の時給を上げるにはどうしたらいいんだろうとか考えた時に経営者になってコスコスあげるよりはトップになった方がいいだろうと。

初美さんのお父さんも議員で、戦後絶対元気を出さないといけないときに日本政府とアメリカに無償で物資を出させて映画館を作ってそれが国際通りの始まりだったり、モノレール構想を立ち上げたりして。みんなに笑われてたらしいんですけど、全部実現できてるじゃないですか。初美さんのベーシックインカムも笑われてるけど「私は全部見てきたよ。できるよ。」って。

もうパンチしかないですね。

【編集部注】
渡口初美さんのお父さんは実業家、政治家の高良一(たからはじめ)。1948年に国際通りの名前の由来となる「アーニー・パイル国際劇場」を開館。那覇市議会議員の時にまとめたモノレール計画書が現在の沖縄都市モノレールの建設に繋がったという。

- カネシマさんは選挙期間中の活動は主にTwitterでしたよね。

Twitterですね。あとはライブハウスでちょっとしたイベントをしたりもしました。今になって思うのは一回くらいは街頭演説するべきだったなって。Twitterを選んだ理由って、一人でやってるので早かったんですよ。ポスター貼りの合間とか運転の休憩中に思った事をぱって投稿できる。あれだと24時間いつでもいけるじゃないですか。街頭演説だと暑い中立たせるのも悪いし、上からモノを言ってるんじゃないって思いますし。みんなも暇な時に見てもらえたらいいなって。

 

県知事選落選とその後

- さて、県知事選は落選してしまいましたが落選はどちらで知りましたか?

那覇のチャクラってご存じですか?あそこの下の居酒屋です。

- 落選を知ったときはショックでしたか?

やっぱりショックでしたね。そんなにダメージはないと思ってたんですよ。でもやっぱり「悔しい」というよりは「申し訳ない」って感じでしたね。朝までポスター貼ってくれた人とか、3638票の時間を使って僕のことを調べてくれて名前を書いてくれた人とか。本当にごめんなさいって。それは泣きましたね。みんなの前で。

- 県知事選を振り返って得たものって何でしょうか?

経験も含めて全部ですね。タイムスリップしてもう一回県知事選に出るかって聞かれたらもう一回出ますね。もうちょっとうまくやると思いますけど(笑)。

逆に失ったものは無いです。お金くらいですかね。でもお金じゃないと思うんですよ。あの選挙期間には300万の価値はあったと思います。

- 落選したその後は?

前に居た職場に復職しています。代表が結果が見たいって内地から沖縄に来てくれていて、そこで「落ちました。僕無職になったので明日から雇ってください」って言ったら「いいよ」って。県知事選の翌日の10月1日から仕事が始まってました。職場の理解があってのことだったので、本当に職場には感謝しかしてないですね。

 

僕らは選挙とどう付き合っていくべきなのか


玉城デニーさんのTシャツに触発されて作ったTシャツ。選挙で死んだので「KANESHIMA OF DEATH」。

- 県知事選を終えてどうでしたか?

結構酷いこともあったじゃないですか。多分あれって各陣営の暴走だと思っていて。僕が改めて思ったのが人を蹴落として選ばれる人は次も人を蹴落とすなって。自分はそういうのはやらないようにしようと思いました。それで選ばれるリーダーって何だろうって思うんですよね。

選挙ももう4人で集まってパワポとかでプレゼン大会みたいにした方がいいんじゃないかと思いました。僕はもしも受かったら3人を副知事にしたいと思ってたんですよ。全員の公約がうまく達成できれば一番みんなハッピーなんじゃないかと。僕が一番経験が無いのでサポートお願いしますって感じで。あの県知事選でそれができたのは僕か初美さんしかいなかったんですよね。

- 今後また何かに立候補されることはあるんですか?

これもよく聞かれるんですが、こればっかりはタイミングが合ったらって答えています。ただ、300万は払えないので次やるのであれば色んな所を巻き込んでお祭りにしたいですね。

ポスターももっと作るし、QRコードを使ったりして動くポスターなんかも面白いなって思います。実は今回やりたかったことがあって、スケートパークを作ってスケボーしながらライブやったり焼き鳥売ったりみたいなお祭りの中で演説をしよう、と。スケートトラックも作ってもらったんですよ。でもみんなのスケジュールが合わなかったり、場所の問題で色々あってできなくて。でもお祭りをしたいですね。

- 政治や選挙についてですがこれからどうするべきだと思いますか?

僕はもっと政治家がポップにするべきなんじゃないかと思ってます。ポップでわかりやすい。

すごく面白いんですよ。選挙って。実は県知事選のポスター、幅が違ってたのに気づきました?佐喜真さんとデニーさんのポスターの幅は大きくて、初美さんと僕のポスターはちょっと小さいんです。あれ、規定通りに作ってるのはうちなんですよ。ただ、大きいポスターが規定に違反してるわけじゃないんです。いついつ、何をするよって告知が入ったポスターは大きくしてよくて、実は佐喜真さんとデニーさんのポスターには日付が入ってるんです。はじめて見る人は分からないですよね。

僕がきっかけで1人でも10人でも「俺もやってみよう」って人が出てくれればいいですし、供託金も下げたいですし、今はクラウドファンディングなんかもあるから市会議員でもいいので若い人がどんどん政治の場に出て政治は面白いぞ、身近だぞって言って欲しいですね。マスコミもそういう話を配信して欲しいです。僕もどこかに呼ばれれば語りに行きます。

もっともっと政治を楽しくして欲しいですね。僕は楽しかったですし。

- ありがとうございました!

 

以上カネシマシュンさんから沖縄県知事選のお話をうかがいました。この話を読んで皆さんはどう思いますか?ふざけすぎだと思う人もいるかもしれないし、マスコミがなってないと怒る人もいるかもしれません。

でも大事なことってひとりひとりが政治に関心を持って、政治や選挙に参加すべきなのではないかということだと僕は思うのです。最近の投票率の低下だったり、SNSで飛び交う心ない言葉だったり。きっともっとよいやり方があって、僕らはそれを考えていくべきなんじゃないでしょうか。

と、真面目な話になってしまいましが、この記事が皆さんが選挙や政治を考える上での一助になれば幸いだと思います。インタビューに答えて頂いたカネシマシュンさんありがとうございました!

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