そうだ。あるいて中城城へ行こう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
中城村にある歴史の道はあるいて中城城址まで行けるらしい。というわけで、GWにひたすら歩いて中城城址まで行ってきた。

中城村ハンタ道

中城村の南上原(みなみうえばる)はここ数年でかなり開けてきた新興住宅街である。この南上原にあるサンエーにはすぐ近くに夜景の綺麗な橋がかかっている。

nakagukusu02.JPG
(東太陽橋[あがりてぃだばし]というらしい。)

この橋だが、サンエーの付属品だと思っていたのだが、中城村が作ったものらしく、その遊歩道はずっと中城城址まで続いているという。

nakagusuku04.JPG
中頭郡方東海道
nakagukusu06.JPG
ずっと続く遊歩道

nakagusuku03.JPG
案内板。(クリックで大きくなるよ)

付近の案内板を見ると、もともとこの道は首里城から勝連城までを結ぶ「中頭郡東海道」の一部で、中城では崖沿いにある道なので通称「ハンタ道」(ハンタは崖の意味)というらしい。

というわけでせっかくGWなのでこのハンタ道を通って中城城址まで行ってみた。

 

延々続く遊歩道

それでは延々歩く、中城城址への旅へ出かけよう。


より大きな地図で 中城村ハンタ道 その1 を表示

nakagusuku07.jpg
結構整備された遊歩道
nakagusuku08.jpg
この日は天気も良かったので
nakagusuku09.jpg
風景も綺麗
nakagusuku10.jpg
所々に案内板がある

しばらくは住宅街沿いの遊歩道を歩く。基本的にはきちんと整備された道なので迷うこともなく一本道が続いていく。

nakagusuku11.jpg
遥か彼方まで続く道
nakagusuku12.jpg
ちょっぴり山の中へ

しばらく歩くと山道に。しかし、高いところからみると遥か彼方まで道が続いているのが見える。

nakagusuku13.jpg
要所要所には案内板が
nakagusuku14.jpg
これはキシマコノ嶽

道のポイントポイントには案内板があり、説明書きが書いてある。上の写真は「キシマコノ嶽」。この周辺は中城村の奥間集落の発祥の地で、井戸や拝所(沖縄の拜みポイント)が残っているのだとか。

この御嶽(うたき:これも拜みポイント)は琉球国由来記という歴史書に名前が残っていて名前が「キシマコノ嶽」、イベ(ご神体的な物)は「天次アマツギノ御イベ」だそうだ。

nakagusuku15.jpg

御嶽まで行こうと思ったが、明らかに山道なので、断念。

 

中城名物「ペリーの旗立岩」を目指す

と、ここまでが約30分である。


より大きな地図で 中城村ハンタ道 その1 を表示

すごく軽い気持ちで来てしまったが、めちゃめちゃ遠い。中城城址。しかし、もう進むも地獄、戻るも地獄である。がんばって中城城址まで歩いていくことにする。

気を取りなおして後半戦行ってみよう!

nakagusuku17.jpg
若南原の石橋
nakagusuku18.jpg
これはすげぇ!って思ったらレプリカだった
nakagusuku19.jpg
途中地元の方に声をかけられ
nakagusuku20.jpg
飲み物もらった。
nakagusuku21.jpg
中城にもこんな石畳の道が
nakagusuku22.jpg
これは「ツンマース」ロータリーのことらしい

途中で地元の方に「なにしてるの?」と声をかけられ、しばらく一緒に道を歩くことに。話によればこのハンタ道(歴史の道ともいうらしい)は確かに中城に通じてはいるが、実際にこの道を通って中城に行ったことはないとのこと。

そもそもこうやって歩いている人を見ること自体が稀だとか。

nakagusuku23.jpg

そうこうしているうちに、ついに舗装されていた道が、道なきケモノ道に。

nakagusuku25.jpg
新垣集落跡。拝所がポツンとあった
nakagusuku26.jpg
もとの道は使えないのでカミミチを通る

上の地図で確認して欲しいが、このあたりはまさに山の中。ここには新垣集落と新垣グスクがあったらしい。集落跡を通って新垣グスクを目指すと

nakagusuku27.jpg

これが新垣グスクである。…なんだろう。地味なグスクである。

そしてしばらく歩くと

nakagusuku32.jpg
(さっきの地元の方が待っててくれた)

「ペリーの旗立岩」に到着。

nakagusuku31.jpg

このペリーの旗立岩は1853年ペリーが沖縄に来たときに星条旗を立てたという岩である。中城村の指定史跡になっている。こりゃすげぇ!って思ったんですが

nakagusuku33.jpg

単なる山でした(そりゃそうか)。

 

いよいよラストスパート

と、ここまでが約1時間である。


より大きな地図で 中城村ハンタ道 その1 を表示

行けども行けども中城城址は見えてこないが、着実に近づいてきている(はずである)。

nakagusuku34.jpg
結構大きな道に出た
nakagusuku35.jpg
ゴルフ場近辺

ペリーがの旗立岩からオーシャンキャッスルというゴルフ場近辺に。もともとの道はゴルフ場を突っ切って通っていたらしいが、今はゴルフ場を迂回するように道が通っている。

nakagusuku36.jpg

ゴルフ場を抜けると再び山道に。

nakagusuku37.jpg

このあたりはあちこちに古い墓とかがあって若干怖い。

nakagusuku39.jpg

そうこうしているうちに、建物が見えてきた。これは中城の有名な廃墟通称「チャイナタウン」「高原ホテル」である。

nakagusuku40.jpg
 
nakagusuku41.jpg
 

せっかくなので廃墟も見て回りたいのだが、「廃墟(高原ホテル跡)はH17年9月から使用不可、一切の立ち入り厳禁」らしい。残念。

nakagusuku42.jpg

廃墟を通ると、いよいよゴールが見えてきた。中城城址に到着である!

 

nakagusuku43.jpg

ここが終点!終点の看板には

IMG_4294.JPG
(えー!)

「歴史の道(ハンタ道迂回路)は、ここが終点です。ここから先は、中城城址の管理地になりますので、進まれる方は観史料を料金所にてお支払いください」

なんだろう。せっかくゴールしたのにすごく残念な感じでした。

 

総時間1時間半の中城城址への旅

IMG_4298.JPG

というわけで、ひたすら歩いた1時間半の旅でしたがいかがだったでしょうか。
ちなみにGWということで中城城址公園でなにかイベントがあったようですが、あまりに疲れていたのでそのまま帰りました。

この中城ハンタ道の元になった「中頭郡方東海道」は勝連城−首里城までの道らしいので今度は首里城方面か勝連城方面に歩いてみたいと思います。ハイキングというよりはサバイバルな感じですが、是非体力に自信がある方はハンタ道に挑戦してみてください。

Copyright©DEEokinawa All Rights Reserved.
このウェブサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。すべての著作権はDEEokinawaに帰属します。

ページのトップへ