2013.03.07

竹富島の蒐集館がアツい

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八重山諸島のひとつ、竹富島。赤瓦屋根の建物や星砂のビーチが有名ですがそれだけじゃない。最南端のお寺と民俗資料館が一緒になった、喜宝院・蒐集館(きほういん・しゅうしゅうかん)に潜入してきました。

祝☆新石垣空港開港

いよいよ今日から新石垣空港が供用開始。
昨日でその役目を終えた旧石垣空港には、別れを惜しむたくさんの人々が詰めかけたそうです。

旧石垣空港の勇姿はこちらの記事で紹介しています。
ありがとうさようなら石垣空港

さて、石垣島の離島ターミナルから高速船で約10分という近さにある八重山諸島のひとつ、竹富島。赤瓦屋根の伝統的な沖縄住宅や、白砂をしきつめた美しい道、咲き乱れるブーゲンビリア、集落内をゆっくりのんびりと歩く水牛車、星砂の浜、最近では高級リゾートホテル・・・と見どころをあげたらキリが無い、言わずと知れた観光客から絶大な人気を誇る小さな島です。

そんな竹富島に『喜宝院・蒐集館(きほういん・しゅうしゅうかん)』という施設があることをご存知でしょうか。私はこれまで何度も竹富島を訪れたことがあるのに何故かノーマークでした。

新田観光の水牛車案内所のすぐ近くにあります。

なんと“最南端のお寺”の看板が。そう、ここは「喜宝院(きほういん)」という日本最南端のお寺と、「蒐集館(しゅうしゅうかん)」という民俗資料館が併設された施設なのです。

☆喜宝院
1949年に故・上勢戸亨が開設した日本最南端のお寺。

☆蒐集館
1960年に故・上勢戸亨が創立した民俗資料館で、竹富島で使用された約4,000点の資料を展示。人頭税関係、染織、儀礼用具等が評価されているが、特にワラサン(結縄)に関して研究者の来館も多い。国の登録有形民俗文化財として07年1月に沖縄県第一号の指定。また”町並み”保存の資料を有していて、これまでの経過を知ることができる。

(案内パンフレットより)

入り口の石垣の上には十二支の神々の姿が。

右から辰(たつ)、巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)だそう。
え・・・っと・・・。うん、見える。見える・・・かな・・・。頑張れば。

そこはかとなく漂うパラダイスの香り。

お寺なのでちゃんと鐘があります。毎日12時と18時に鳴らすそう。
 

中に入ってみましょう

こちらが民俗資料館の入り口。

受付に人がいないときは、机の上に置かれたかごの上に自分で300円を入れます。

中に入ってみると、予想以上に広い空間にぎっしりと展示物の数々が!

八重山諸島のひとつ新城島(通称パナリ)で作られていたという、八重山で最も古い焼き物「ぱなり焼」。粘土にカタツムリの殻を混ぜて焼いていたと言い伝えられています。

この大きな瓶は厨子龜(ずしがめ)。沖縄で古来より使用されている骨壷です。

上を見上げると、壁にはミルク様が!八重山でもミルク様が登場するまつりが数多くありますが、やはり島によって表情が異なっています。

ちなみにミルク様好きな方にはこちらの記事もおすすめです。
ミルク様コレクション2012

天井の梁沿いには、八重山の各まつりで使われる仮面がずらり。

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この仮面だけでも一見の価値があります。

こちらは昨今問題になっている尖閣諸島が描かれた琉球政府の切手。額面は5セントです。

今はもう無くなってしまった銘柄の沖縄たばこも。レトロなデザインが逆に新鮮に映ります。

ドルより前に使用されていたというB円。

B円(ビーえん)は、1945年から1958年9月まで、米軍占領下の沖縄県や鹿児島県奄美群島(トカラ列島含む)で、通貨として流通したアメリカ軍発行の軍票。1948年から1958年までは、唯一の法定通貨だった。日本国内で法定通貨とされた唯一の外国軍票であり、本土地域でも短期間少量流通している。正式名はB型軍票。英語表記は、Type "B" Military Yenで、Yen B type、B-yenなどとも表記される。(Wikipedia:B円 より)

最近のものでは二千円札や竹富町の地域振興券も。写真は西表島にあるマリュウドの滝でしょうか。

ちょっと反射して見づらいですが、ジーファー(かんざし)や房指輪のようなものも。首里の房指輪と比べると、房飾りの数も少なく簡素です。

先日の金細工またよしの記事もあわせてどうぞ。
王朝時代の音を今に伝える 金細工またよし

かつて琉球王朝時代から明治時代にかけて、徴税の通知や家同士の通信手段として用いられたといわれる象形文字、カイダー字の一覧表。

奥の展示室には、わらや竹で編んだかごや農具などたくさんの民具がずらりと展示されていました。

「・・・!」
思わず言葉にならない悲鳴をあげそうになりましたが、赤ちゃんのゆりかごとして使われていたかごのようです。怖い。
 

貴重な資料がいっぱい

こちらが蒐集館館長の上勢頭 芳徳さん。
展示資料について質問すると、詳しく丁寧に解説してくれます。

蒐集館でも特に貴重な資料とされている藁算(ワラサン)。
文字の読み書きができないお百姓さんたちが、ワラを使って様々な事柄を記録しておくのに使用していたそうです。

ワラの結び目と印で「いつ誰から何をいくつもらった」ことが分かるのだとか。

蒐集館の奥には“最南端のお寺”に偽りなく、ちゃんと祭壇がありました。
ちなみに住職は娘さんが継がれたそうです。

今回ご紹介できたのはほんの一部。非常に多くの興味深い展示物がある喜宝院・蒐集館。
民俗学好きの方もそうでない方でも楽しめるスポットではないでしょうか。
竹富島を訪れたときには是非、上勢戸さんのユーモア溢れる解説を聞きに喜宝院・蒐集館を訪れてみてくださいね。

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