2017.12.04

【歴史検証】鬼大城は本当に武器を作っていたのか

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沖縄市の越来に居たといわれる鬼大城(うにうふぐしく)。最期は武器を作っていると密告されて王府に討たれてしまうのだが、本当に武器を作っていたのだろうか、ということを検証する歴史勉強会が行われた。

偉人が登場する歴史勉強会を!

こんにちは、AYAです。前回は豚を石器で捌きました。その後、「なにをしたいのかよくわかんない。歴史勉強会は偉人が出てこなきゃ」とダンナに言ったところ「やってやろうじゃねえか!」とキレだしました。私、間違ったこと言ってないよね?

そして沖縄市の郷土博物館で「偉人が出てくる歴史勉強会」をやると言い出しました。良かった、やればできるじゃない! でも、準備期間無いんじゃないの?

そして当日。

七輪
石とハンマー

いい天気です。今回は偉人も出てくる勉強会・・・・・・のはずだったんですが、やっぱり何か変。この暑い日に七輪が出てます。ハンマーが置かれています。なんでしょうこの石? 今回も嫌な予感がぬぐえません。

さて、ちょこちょこ人が集まりだし、ここで何をやるのか説明が始まりました。今回はカンペ作ってます。長い。本当に長い。これはもうダンナにチェンジします。

鬼大城(うにうふぐしく)の無念

沖縄市の越来には、今から550年前、鬼大城(うにうふぐしく)という武将がいました。沖縄市知花の生まれで、身長2mを超える巨漢。首里の琉球王の命を受け、勝連の阿麻和利(あまわり)を倒した英雄です。鬼大城は尚泰久王という王様に長く仕えていましたが、尚泰久王が亡くなり、尚円という王様が新しい王府を打ち立てたあとも、越来を治めていました。


鬼大城「コザ十字路歴史絵巻」より


鬼大城が着ていた上衣(シャツ)を復元。推定身長は207㎝

ある日の鬼大城は、愛人の「石城(いしぐしく)の娘」の家を建てるため、越来グスクで鉄を叩き、クギを作っていました。しかし鬼大城に不満を持つ人が、首里の王様に「鬼大城は武器を作って、首里と戦う準備をしている」と告げ口をしたのです。


越来グスクで見つかったクギ

首里から、本当に鬼大城が武器を作っているのか確認に来た人も、越来グスクの手前で買収され、鬼大城は首里に背こうとしたと報告されてしまいます。

首里から軍勢が攻めてきた時、鬼大城は王様に刃向えないと知花グスクまで逃げ、洞窟(どうくつ)に隠れます。首里の軍勢は当時の知花の家々を取り壊し、その材木で洞窟の入り口をふさぎ、鬼大城を焼き殺してしまいました。鬼大城は指をちぎって壁に遺書をのこしました。血文字で無実を訴えていたといわれています。


鬼大城の墓

かいつまんで説明すると、鬼大城という武将がクギを作っていたのを武器を作っているといちゃもんをつけられて、殺されてしまうという話です。

そして今回の勉強会のテーマは「本当に鬼大城は武器を作っていたのか?」だそうです。
そんなことわかるの?


越来グスクで見つかった金床石

そのカギがこの越来グスクで見つかったという金床石(鉄を打つ時に下に敷く石)です。砂岩と呼ばれる石で、本島中部の東側でよく見られます。なんでもこの金床石はハンマーで叩かれ、割れているらしいです。

そして石についたちっこい粒々、これが鉄の道具をつくった時に飛び散った鉄の剥片(はくへん)らしいです。

ここからどうやって検証を行うかといえば、実際に鉄の道具を作りながら、剥片と金床石の壊れ方を出土した金床石と比べれば鬼大城が何を作っていたのが判別できるんじゃないかということです(クギを作っていた石の壊れ方と、刀を作っていた石の壊れ方の違いなんて、実験した人は誰もいないのだそう)。

なるほど。ぜひここで違いを見つけ、鬼大城が本当にクギを作っていたなら公表して、無念を晴らして差し上げたい!

 

ひたすら叩く!

というわけで実験のおさらいです。

・越来グスクで出土した金床石と同じものを2つ用意する
・ひとつは大きなハンマーで鉄のかたまりを打つ(武器)
・もうひとつでは小さなハンマーでクギを打つ
・最終的にどちらの金床石が出土品と同じか判別する

という感じです。説明をしているうちに火が強くなってきました。


七輪にはドライヤーで空気を送り込んでいます

この七輪とドライヤーのセットは、鍛冶屋が鉄を焼くことを簡単に再現した装置だそうで、お手軽に鍛冶屋体験ができるものなのだそう。今回は検証のため金床には砂岩を使いますが、普通の鍛冶屋体験をする時は線路のレールみたいな金床を使うそうです。

七輪に大きな鉄板(武器)と小さな鉄板(クギ)を入れ、赤くなったら叩き始めます。大きさに応じて武器用の大きな鉄板は大きなハンマー、クギ用の小さな鉄板は小さなハンマーで叩いていきます。

大きなハンマーをふるっている、重量級の方はマギーさん。近所で息子さんがコントラバスの練習をしていて、たまたまこの日博物館に寄ってくれたそうです。そこで「give your power!」と声をかけたところ、親子で参加してくれたそうです。みんなで割と楽しそう。

小さなハンマーを使うところでは、コンコンとリズミカルな音を立て、クギを作っています。

この黒いTシャツの方は高校の理科の先生とのこと。今回は釘打ち中心での参加だそうです。

他にも、北谷の教育委員会の方、洞窟研究者、バーのピアニストと参加者の肩書きがすごい。でも、歴史の人は豚の時と同様にあまり見当たりませんでした。

 

鬼大城は武器を作っていたのか

さて約4時間、みんなで鉄を叩きました。みんな明日の筋肉痛が確定です。

まずは成果を確認してみましょう。下の写真は叩く前の大きな鉄板。

これが…

こんなに伸びました。武器を作るまでには至りませんでしたが、がんばって研げば包丁くらいにはなりそうです。左は小さな鉄板で作ったクギ。こちらは結構それっぽくなりました。

では気になる金床石を見てみましょう。

まずは小さな鉄板を小さなハンマーで叩いていた金床石はこちら(クギ)。

弱い力で叩いているため、割れていない代わりに、くぼみが少しできていました。これは出土品のバッキバキに割れた金床石とは全然違うのでクギを作っていたわけではなさそうです。

続いて大きなハンマーで大きな鉄を叩いた石はこちら!

大きなハンマーの衝撃で金床石が割れています。しかし出土品には鉄の剥片がびっしりついているのに対し、この金床石には鉄の剥片は残っていません。石が叩かれる衝撃で鉄の剥片が飛んでしまうのです。

これはどういうことなのかというと、出土品の石が割れていたことから金床石では大きな鉄を叩いて道具を作っていたことが分かります。そして鉄の剥片の謎ですが、割れたため使われなくなった金床石の近くで鉄を叩いたために飛び散った剥片がこびりいたのではないかということでした。つまり剥片はその金床石で鉄を打った時についたものではなく、割れて使われなくなった後に近くで鉄を打った時のものが付いているということらしいです。

ということは…「鬼大城は武器を作っていた」ということでしょうか。鬼大城…やっぱりアンタ、クロだったのかよ!

しかし話を詳しく聞いてみると

クギを打った金床石のようにくぼみを持った石も越来グスクから見つかっているらしいです。上の写真の石は越来グスク出土で、たしかに剥片とともに小さなへこみがありました。どうも越来グスクでは、大きな刃物も、クギみたいな小さな道具も作っていたようです。…ということは結局鬼大城が武器を作っていたのか、クギを作っていたのかは分からないということでしょうか?
ダンナ、どうするの?この記事のオチは。

 

博物館で展示やってます

というわけで「偉人が出てくる歴史勉強会」、最終的にはモヤモヤした結果で終わったわけですが…今回の金床石の実験はまだまだ研究の入口とのこと。叩く音の違いや、剥片の大きさ、鉄そのものの分析から、越来グスクで何を作っていたか、今後もっと詳しくわかることが期待されてるんだとか(すでに鉄の分析などは、少しずつ研究が進んでいるらしいです)。

ところで、前回の豚の解体や今回の実験は何のためにやったのでしょうか? それは、沖縄市の博物館で刃物の実験をして、それを元にした展示会を現在しているんです。

前回の豚肉で出てきたサメの歯のナイフ作りも沖縄で初めての実験だし、当然今回の金床石を叩く実験も沖縄初だったそうで、そのあたりのことも展示会では説明がなされているそうです。展示室や本の協力一覧にはDEEokinawaの名前もあるらしいので、愛読者の皆さんはニンマリできるかもしれません。

というわけで、今回も地味ながら歴史にかかわる実験のご紹介でした。なかなかすぐに成果が出るものではありませんが、少しでもこういう実験で古い時代のナゾが解ければいいですね。

 

沖縄市立郷土博物館 第42回 企画展「切る!」

詳細はこちらから

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