今はなき沖縄最大級の釣り堀「港川フィッシングパーク」(後編)

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かつてあった沖縄最大級の釣り堀施設「港川フィッシングパーク」は今どうなっているのか。特別に許可を頂いて施設跡を探索してみた。

この記事は前回の記事の続きです。

港川フィッシングパーク。沖縄では最大級の釣り堀であり、多くの人で賑わっていたらしいのですがいろいろあって1993年に廃業。

40代以上の人は結構覚えているようなのですが、現在ほぼインターネットでは情報がありません。前編では「釣りの楽しみはここで覚えた」というライターjukuchonが創業者の娘さんにあたるタマキシホコさんからお話を聞いて、在りし日の港川フィッシングパークの写真とともにその様子を紹介しました。

さて、後編ですがこの港川フィッシングパーク、実はまだ施設跡が残っているそうなのです。

港川フィッシングパークは今、どのようになっているのでしょうか。後編ではタマキシホコさんに特別に許可を頂いて、施設跡を探索してみました。

編集部註
港川フィッシングパーク跡は私有地です。今回は特別に許可を頂いて入らせて頂きましたが、通常は入ることができません。

港川フィッシングパークは今

というわけで港川フィッシングパーク跡地に向かいます。場所は玉泉洞のあるおきなわワールドのすぐ近くです。ちなみに私やんばるたろうはjukuchonから聞くまでこの施設のことは全く知りませんでした。

入り口。よくよく見てみると何かの看板跡があります。

あたりは見渡す限り畑みたいな場所だったので、本当にこんなところに釣り堀があったのかなぁという印象ですが入り口から車で進むと道路の中央が花壇で区切られていて確かにテーマパーク的な施設の入り口みたいなものが見えてきました。

さらにしばらく進むと小さな建物が。これが前回話が出てきた「息子がアルバイトしていた警備室」です。jukuchon曰く、ここで入園料を払って釣り堀を利用していたのだそうです。

料金所を進むと車一台がギリギリ通れそうな小さな橋に。

橋を渡ると車ではもう通れないようなジャングルが広がっていました。

昔の写真を見てみると分かりますが、ここは橋を渡ってすぐの施設の駐車場だったようです。それではここから港川フィッシングパークが今どうなっているか見ていきましょう。

 

かつて誰もがここで釣りの楽しさを覚えた

道を進むと目に入ってくる全面の壁だけが残った建物。ここは売店でここで釣り具・餌などの一式レンタルもできたそうです。

釣り堀は細い通路でいくつかの区画に分かれていてコイやティラピアなどが釣れたそうですが、現在はすっかり水も涸れてしまって結構太い木が茂っています。

前編でも出てきましたが、この上を歩いて移動できたのだけど手すりもないので落ちる子供が続出していたらしいです。確かに実際見ても細い。

このあたりが芝生広場で遊具があったスペース。全く痕跡は残っていません。

「これこれ!」とjukuchonが見つけたのは手すりのないアーチ型の橋。

角度は違いますが、この橋のようです。

前編でjukuchonが池に落ちた話がでてきましたが、まさにここから落ちたという場所が見つかりました。覚えているのは足をすべらせたことと、水中から見上げる水面だそうです。お父さんが慌てて助けてくれたのだとか。

ちなみに従兄弟はここの対岸から池に落ちたそうです。

しばらく行くと東屋があるはず、との記憶を元に歩いてみると

ちゃんと東屋がありました。子供の頃の記憶ながら、こんな状態でもだいたいどこに何があったのかは記憶に残っているそうです。

 

鍾乳洞の記憶を辿る

さて、港川フィッシングパークについてのjukuchonの記憶の中に「港川フィッシングパークの端っこに洞窟の入り口があった」というものがあります。

子供心に興味があって、入ってみたかったが入ってみようとしてお父さんに怒られたということらしいのですが、せっかくなので洞窟も探してみよう、ということになりました。


ずらっと並んだ箱。養蜂をやっていた時期があるらしく、その名残。

フィッシングパークの一番外側の道なき道を進みます。

ふと、敷地の外側を見ると川が流れていました。川の周囲に石が積まれていることから人工的に作られた川のようですがかなり水は綺麗。魚が泳いでいるのも見えます。

さらに歩いて行くとどうやらフィッシングパークの端っこまで到達したようです。そこにあったのは怪しげな建物。あれ…?でもこの建物、なんか見たことがあるような。

そう。この建物ですが東洋一の鍾乳洞「玉泉洞」を有する「おきなわワールド」の玉泉洞のコースの一部なのです。そういえば探索中もどこかからエイサーの音が聞こえてきていたのですが、多分おきなわワールドのエイサー演舞の音だったようです。

というわけで、幼き日にjukuchonが気になっていた洞窟は玉泉洞。恐らく当時はこんな風に建物で覆われていなくて、どこからか洞窟の一部が見えたんじゃないでしょうか。お父さんに止められたと言っていましたが、仮に洞窟に入っていたら玉泉洞の人にめちゃめちゃ怒られた可能性もあります。

ちなみに先ほどの川の水は玉泉洞の方から流れてきていて、洞窟内の水がこちら側で川になっているようです。そういえばタマキシホコさんの話でも「この川は鍾乳洞と繋がっていて水量が豊富だったから、養鰻場は自然を生かして作ったのよ」というくだりがありました。

 

水上レストラン跡はどうなっているのか

最後に気になるのは水上レストラン。

前編でも話がでてきましたが、ウナギや鯉料理などを提供するレストランだったそうです。jukuchonの記憶では床がガラス張りの箇所があって、そこから床下の池を見ることができたような、ということです。

建物自体は完全に残っているのですが、外観は完全に廃墟のそれです。

中はどうなっているのでしょうか?

こちらが水上レストラン内です。思ったよりもキレイな室内で、結構荷物が残っています。

廊下部分に目を向けてみると確かにガラス張りスペースが。今は完全に水は干上がっていますが、当時は池の様子を見ることができたということで、結構斬新な作りだったんじゃないでしょうか。

こちらは厨房。割と調理小物が残っています。

こちらは沖縄相互銀行から贈られたであろう鏡。沖縄相互銀行は沖縄海邦銀行の前身です。たまに古いビルとかに行くとどこかしらから贈呈されたであろう鏡があるのですが、なんかレトロでいいですよね。

レストランのベランダ席みたいなところ。

ピンポイントで同じカットの写真があったのですが、当時見られた風景は木々に覆い隠されてしまいました。自然の力ってすごいですね。

ちなみに散々廃墟だと言ってきたのですが、どうもこの建物2000年途中まで誰かが利用していた形跡がありました。水上レストランの反対側の入り口付近はバーみたいになっていて、割と新しめのものがあったりしたので水上レストラン閉鎖後には誰かが施設跡でお店をやっていたのかもしれないなぁと思いました。

そして水上レストランの中でものすごく古そうなドライブマップを見つけました。

開いてみると「ケーブランド玉泉洞前」と赤いマジックで書かれた跡が。港川フィッシングパークの場所を伝えるために購入されたものかもしれません。

そして、裏側にはなんと港川フィッシングパークの広告が。

・水上レストランで、うなぎと鯉料理の珍味が楽しめます。

・高さ10メートルの人工滝のたもとで冷い水でひやされたソーメン流しは夏の風物詩です。

・鯉釣、ふな釣りはどなた様にも結構たのしめます。

人工滝に流しソーメン!jukuchonに聞いてみましたが覚えはないとのこと。まだまだ港川フィッシングパークには謎が隠されているのかもしれません。

あと、鯉釣、ふな釣りのくだり「結構楽しめます」ってすごい表現だと思いました。結構て。

 

消えゆくフィッシングパーク

というわけで前編、後編とお届けした港川フィッシングパーク、いかがだったでしょうか。

インターネットで調べれば当たり前のように情報が出てくる現代で、人々の記憶から抜け落ちた港川フィッシングパークみたいな施設や場所はまだまだ沖縄にも沢山あるのかもしれません。そういうものをひとつひとつ拾い上げていくこともきっと意味があることだと思うのです。

実は港川フィッシングパークは先月で土地の売却がまとまって、今までひっそりと残っていた施設もおそらく取り壊されてしまいます。いつかふと、フィッシングパークのことを思い出して調べてみた人のためにこの記録を残しておきたいと思います。

もしも港川フィッシングパークについて思い出がある方、あんなものがあった、みたいな情報をお持ちの方はぜひとも記事にコメントする形か編集部にご一報くださいませ。調査できるのかは分かりませんが、うまくいけば記事になるかもしれません。

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