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【連載】ハブでも分かる!?遺老説伝 Vol.97 アシー森-1
1740年代に琉球王国の歴史書として編纂された『球陽』の外巻である『遺老説伝(いろうせつでん)』。首里政府が各地に命を出して集めたとされるその内容を、漫画でゆるく描き下してみるという試みです。
『ハブでも分かる!?遺老説伝』とは
『遺老説伝(いろうせつでん)』は1743年から1745年にかけて琉球王国の正史として編纂された『球陽(きゅうよう)』の外巻で、各地の御嶽や行事の由来、珍しい出来事などを首里政府が各地に命令を出して集めたものとされています。
当連載『ハブでも分かる!?遺老説伝』は、"ハブでも分かる" をコンセプトに、原文(漢文)をそのまま読み解くには難解すぎる『遺老説伝』を、沖縄出身の漫画家・吉元あきこが漫画で描き下してみる、という試みです。ただ、本当にハブでも分かるかどうかはハブのみぞ知るので悪しからず。
*当連載の内容はすべて史実というわけではなく、フィクションが大いに含まれていますのでご了承ください。
第97回『アシー森 - 1』

むかし、伊覇村(越来村 現在のコザ市)に一匹の駿馬(しゅんめ)がいて、川を渡ろうが、山を登ろうが、担々たる平地を行くようでした。
この馬に乗って、伊覇から首里に走らせると飛鳥のようで、朝御飯を食べる間に往復したので早飯奔馬(あしーはいうま)といわれました。
伊波按司は、同間切の嘉手苅村から求め、洞穴(ほらあな)の中に石を切って立派な厩(うまや)を造って大事にこの馬を飼っていたのです。
ある日、按司がこの馬に乗って首里王城を訪れ、公務(こうむ)首尾よく終って帰途についた時、天王寺(首里当之蔵、蓮池の附近にあったが尚敬二十二年ー七三四年ー王妃廟所となった)の川辺を走らせている時、その馬が急に死んでしまうと、その場に神様が現れ、
「これは誠に世に稀な駿馬である、他の地に埋めてはならぬ。」
とおっしゃった。
按司は神様にお礼を申しあげ、その命令連りにこの川辺に埋めました。
すると不思議なことに、馬の屍骸(しがい)も鞭もすぐ石になり、その後まわりを石垣でかこって森となし、名付けて早飯森といいました。
(続く)
『琉球民話集 全巻 球陽外巻遺老説伝口語訳』 P27-28より
琉球史料研究会編(1963年)








