【緊急対談】ポンポンおじさん

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沖縄に住んでいる方は「ポンポンおじさん」を一度は見たことがあるだろう。あの頭に花をつけて道に立っているおじさんである。一体何者なのか?今回はインタビューを試みた。

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沖縄に住んでいる方は「ポンポンおじさん」(別名「おはようおじさん」「バズーカおじさん」)をご存知だろうか。頭に花をつけて、道端に立っているあのおじさんである。

「ポンポンおじさん」が頭には花、バイクには独特の模様の旗をつけて立っている姿は県内各所で報告され、もはや沖縄の日常の風景の一つと言っても過言で無いと思う。

この「ポンポンおじさん」だが、何の目的で街に立っているのか、その目撃情報には様々な噂がある。

「昔、子供を交通事故で亡くして交通安全のために道に立って交通安全を訴えている」
「その昔神奈川県でおじさんを見たことがある。全く同じ格好だった」
「おじさんは『200歳まで生きたい』という看板をたてている」

「昔話しを聞いたら外国人と友だちになりたいとつぶやいていた」

ちなみにデイリーポータルZでも「不気味な人形」として紹介されている。

私自身も何度も見かけて、気にはなっていたのだがこの前取材帰りに偶然名護で「ポンポンおじさん」を発見。
その数々の謎を明らかにするために今回は単独インタビューを試みてみた。

 

インタビューその1なぜ道に立っているのか

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どなたさん?そう、話がききたい?いいですよ。金城と申します。



― なぜ道に立っているのですか?

なぜこんなことをやっているか?宗教団体をつくりたいと思っているんです。
こちらに看板も置いています。宣伝しないと。人を集めないといけません。これも宣伝ですよね。旗。



― 結構夜にもお見かけしますが?

夜は家に帰ります。家は南部にあります。歳?76歳になりました。私の目標は200歳です。「200歳まで生きたい」が私の謳い文句です。

「私は200歳まで生きたい」というのは街に出て特に子供たちにはどこででも言っています。逆に小さな子供には「おじさん200歳まで生きてよ」と逆に言われることもあります。
これを始めたのは1年くらい前です。


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― 1年前は宗教を始めようと思った時期でしょうか?この活動を始めたのはいつくらいですか?

自分は何をするにも有名にならなくてはという考えがあってはじめて、もう25年くらいになります。48歳のころから始めました。

横浜にいたんだけどね。47歳くらいまでは20年間くらい横浜で新聞配達をやってました。その前は5年くらい千葉県にもいたけど。ようするに飯食わんといけないわけだから、新聞配達して、飯も向こうが提供してくれるし、部屋も提供してくれるしね。給料もおまけにくれると。それで結構貯まったんですよね。お金が。


それで48歳になったから新聞配達をやるんじゃなくて、ずっと新聞配達をやるつもりはなかったから、宗教を考えていたから、子供たちだけでなく、大人にもなるべく自分の前に通る人に挨拶をする、と。これはただ、前からやっていたというか、最近は挨拶をすることによって、ふれあいがうまれると。

哲学として、誰にでも頭を下げるというのは良いことだと思います。俺は宗教家を目指しているわけだけど、宗教家も最初は何もないわけだから、支援者もあんまりいない。だから誰にでも頭をさげる、あいさつをするという姿勢が大事なのだと思います。

えらい宗教家は何百冊の本を書いたとという人もいるけど、俺はあまりものを書くというのが得意でないから俺の武器としては頭をさげるしかないという考えです。それと今は車社会だから大通りに毎日座っていればみんなが私を認知するわけですよ。否が応でも私を見てくれると。それで有名になる、という考えです。

 

インタビューその2県外でも見たという噂

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― 県外でもおじさんを見たという人がいますが?

私は北海道以外は全部の県に行っているんです。この格好で?そうです。この旗は他の県ではあげていないけどね。ヘルメットには必ず花をつけて、どこにいっても。そんなスタイルです。

最初は神奈川県に限定しようと思っていたけれど。神奈川県は横浜から厚木までいきました。オートバイはこれじゃなくて、もうすこし力があるやつで、また荷物もこんなにたくさんはもっていなかったから。はい。冬に二回くらいいったけど。毛布なんかをかけてね。夜はまた、布団を拾ったりなんかして、高速道路の下とか。


― 基本野宿?

はい。全然宿をとったことはなかった。


― 沖縄にはいつごろ戻られたんですか?

俺が横浜にいたときにね。おふくろからね、おうちに帰って来ないとあんなに財産は譲らないよと言われてそれであわてて、帰ってきたというわけ。まぁ15年くらい前かな。それで沖縄を拠点にしていると。ここ(名護市の歩道)には15年くらい前も来たけどずいぶん変わったね。

場所としては北部地区ではここが一番目立つのではないかと思っています。
 

インタビューその3活動について

ー 毎日こうやって活動しているのですか?

まぁ毎日変わるというよりは土曜日は毎週ここ(名護市歩道)に来ていて、日曜日はまた辺土名のあたりに、また月曜日は朝6時とかに起きて早く出発して宜野湾の市役所近くに行っているんです。火水木の3日間はだいたい那覇の新都心にいっています。だいたい1週間毎日やっています。

毎日同じ場所に立っていれば向こうも覚えて挨拶してくれるというわけです。

 

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ー 昔、泡瀬のトンネルでしばらくお見かけしたことがありましたが?

ああ、あそこは雨もふらないし、太陽も避けれるので場所としてはいいんだけど、あまり人が通らないよね。
なのであの場所はやめました。



おじさんの宗教の教義を教えてください。

純粋に私の考えは科学教会という名前でやろうと思っています。やっぱし科学的な宗教だからね、科学的じゃないことが言えないように。

例えば交通安全で神社やお寺でお守りをぶらさげるという迷信があるわけですが、効果はないよね。また、天国も地獄もない。私はそう思います。沖縄には天女伝説があるけどこれもいかにも昔の人が考えそうなことで高いところは寒いんだからおりられないよ。これは間違いだと思います。ありえない。

僕は死後の世界はないと思います。またそう、教えたいです。死んでもあの世はないよ、と。

そうやって迷信をの取り除いていくと、何が宗教として残るかと、「私は〇〇したい」という人間の希望は誰も否定出来ないと思うんです。私が「200歳まで生きたい」というのも希望です。そのような希望を持つことが大事です。



ー ありがとうございました。最後に頭に付けている花にはどういった意味があるのでしょうか?

花はきれいじゃない?きれいなものは女性にモテるから。

 

以上インタビューでした

というわけで以上がおじさんの談でした。途中一人称が「私」「俺」と混じっていたり、時系列がなんとなくおかしい気がしますが、基本インタビューそのままを掲載してみました。

まとめてみると

・宗教団体をつくりたいのでアピールするために道に立っている
(でもそれ以前に街に立った経緯は不明。単にアピールのため?)
・挨拶は大事
・花はどっちかというとお洒落

ということでした。もっとまとめてみると

挨拶の魔法

ってことですね。挨拶大事!

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インタビュー中も道を歩いている人も、道を通る車からもおじさんに挨拶する人が沢山いました。宗教がどうこう、というのは私はわかりませんがとても人気者の「ポンポンおじさん」なのでした。

読者の皆さんもおじさんにあったら是非挨拶してあげてください!

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