2017.11.15

西原町棚原の酉年12年まーるあしび

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12年に一度、酉年だけに行われる祭りがあると聞いて、行ってみました。

朝夕はだいぶ涼しくなったこの頃ですが、旧暦の8月は沖縄各地では、豊年祭や十五夜祭り、ムラアシビ(村遊び)が各地で催されました。ムラアシビとは、その年の豊作を神様に感謝し、来年の豊穣を祈願する豊年祭のことで、数々の舞台芸能が披露されます。

中でも、西原町棚原のアシビは、12年に一度、酉年にしか行われない、レアな祭りです。祭り開催から間が開いてしまいましたが、報告させていただきます。

豊年祭オタクな私は、今年の年初めから見に行くのを楽しみにしていました。なんたって、12年に一度ですよ?!
しかし、昨今のネット社会においても、一地域の行事の日程は出ていないことも珍しくありません。そんな時は、現地で横断幕を探します。


たいてい集落の目立つ場所にある横断幕

10月7日・8日の2日間もやるとは!しかも、連休中の開催はありがたい。

 

12年分の思いを込めた祭り

棚原集落は高台に位置し、会場であるアシビナーは、集落の中でも高い場所にあります。
しかし、臨時駐車場から会場まで、急な坂や階段がツライ。産後で弱ったアラフォーの私の足は、早々に悲鳴をあげてしまいました。登り階段の途中で追い抜いて行った中学生男子に「手伝いましょうか?」と言われてしまいました。棚原に住んでいる人は足腰がさぞ強いんだろうなぁ。


地図下の大通りからアシビナーまで、ひたすら坂と階段


会場入り口

観客席は山の斜面の削って階段状にし、舞台を見下ろす格好になります。
おかげで、遠くは与那原らへんの海まで見える眺めの良さ!


プログラム

プログラムに祭りの様子を写した古い写真が載っていて、パッと見は当時と今も変わらないようですが、遠くに見える丘に大学と病院がありません。

初日は道ジュネーが終わった後、ミルクガナシが、ヌンドウンチ(ノロ殿内)と呼ばれる拝所からアシビナーに向かいます。

ミルクガナシの行列が舞台にあがってミルクモーイ(弥勒舞い)を披露し、20以上の演目が続くムラアシビが始まります。


ミルクモーイ

ミルクガナシが酉年生まれなので、12年に一度、酉年に行われるのだそうです。


出番の後も舞台を見守るミルク様

棚原集落独特の歌詞や所作だといわれる、「百々蔵の大主」「世果報口説」「かいち節」などが、次々に披露されます。

百々蔵の大主
ゆがふ口説


教訓歌に振付けた老人会による「かいち節」

棚原出身の空手家ゆかりの海外空手道場の方たちによる空手演武もたっぷり披露。


はるばるアルゼンチンから。2日目はアメリカから。

そしていよいよ、組踊「国吉の比屋」(別名「義臣物語」)が始まります。1時間を超える演目ですが、何か月も前から練習に励んだ成果でしょう、セリフ回しもほぼ完ぺきです。

敵を取っては投げする大立ち回り
めでたしめでたし

 

2日目

翌2日目は、「ミルクモーイ」と「百々蔵の大主」をはじめ、前日と同じ演目もありますが、異なる演目も交えてプログラムが構成されています。

と、ここで突然の雨。昨日も時折小雨が降っていたので、折り畳み傘を持参していましたが、全く役にたたないほどの強さ。


どしゃー

通り雨だろうと我慢して待ちますが、なかなか止みません。丘の斜面を客席にしているので、すぐにぬかるんで泥だらけです。

耐え切れず客席から舞台へ避難する人は出ても、帰る人はいません。さずが、12年に一度の祭りです。今日を逃すと、次は12年後だもんね。


ぐっしょり

もらった弁当折箱も水没しました。

大粒の激しい雨がようやく止んで、濡れた舞台をふくなど整備のため小休止の後、舞台が再開されました。

狂言芝居は初日に「与那嶺頭親雲上」、二日目は「玉城ぺーちん」「八重山行き」がウチナーグチで演じられ、いい味を出しています。


学生姿に時代を感じる

2日目の組踊は「雪払い(ユチバレー)」でした。
「雪払い」は、父の留守中に継母から雪払いなどを言いつけられ、ついには家を追い出されてしまう継子いじめの物語。


雪を竹ホウキで掃けるのだろうか

真相を知り怒った父親に切り殺されそうになった継母を、孝行者の姉と弟が泣いて止めます。


最後は継母も改心し、家族そろって踊って帰ります。

そして、前回12年前に結成されたという今風の創作エイサーがトリを務めました。


棚原弥勒太鼓

 

次は12年後

二日間で約40演目披露されますが、1回の豊年祭でこれだけの芝居や組踊を仕上げるのは並大抵ではないと思います。踊り手だけでなく、地謡や支度係、機材係、運営スタッフ、観客など、たくさんの人たちが舞台を支えている様子が感じられました。

12年に一度ということで、継承の難しさがあるようですが、前回から映像記録を残すなどの取り組みをしているそうです。12年後は、また新しい世代が参加するなどして、祭りを担っていくのでしょう。そんな素敵な行事を持っている棚原の人たちがうらやましく思えました。

また12年後が楽しみですね!

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