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3年に一度、辺野古の七月村踊り
豊年祭シーズンなので、名護市辺野古で行われた村踊りに行ったら、沖縄の伝統的な芸能のオンパレードだった。

旧暦6月から旧暦9月頃まで、沖縄各地で豊年祭(「村踊り」、「村アシビ」などとも呼ぶ)が盛んに行われます。その中でも、旧盆が終わった旧暦7月16日に豊年祭を行う地域があり、名護市久志や辺野古もその一つです。
辺野古では舞台芸能を含む祭を「七月村踊り」と呼びます。豊年や無病息災を願い、綱引きとエイサーと毎年交互に行います。今年2025年は3年に一度開催される村踊りの開催年にあたり、前回はコロナ禍で中止になったため6年ぶりだそうです。今回はその様子をレポートしたいと思います。
9月4日(日)私はウークイの翌日で疲れも抜けきらないまま、17時前に辺野古公民館に到着しました。ちなみに旧暦16日が「ショウニチ(正日)」、14日が「スクミ(仕込み)」、17日が「ワカレ(別れ」」という日程です。

17時30分頃棒術の演者が、公民館敷地外の道路から一列になって入場していきます。

公民館前の広場で列は二手に分かれて円になったり、縦列になったりしつつ、中心に集まる「スーマキボー(数巻棒)」や、組棒が披露されました。
19時からは公民館舞台にて、芸能プログラムが始まりました。

幕開けは「かぎやで風節」にあわせて空手の型のような振り付けの「舞方」で始まり、続いて定番の「長者の大主」が登場します。

長者の大主(左)が天人(右)から稲作を伝授されます。

「稲摺節」
その後も、舞踊や組踊、区長挨拶を含めると全部で21演目が披露されました。

「千代千鳥」(蝶千鳥)
全部紹介したいところですが、辺野古独特っぽいものと私好みの演目について、以下ご紹介していきます。

「四ツ竹」鏡合わせのような振り付けが特徴的です。

「俄仙人(ニワカセンニン)」
長者の大主に似た仙人が出てきますが、大主よりもっと元気な感じです。二名一組で次々に踊りを披露し終わると、仙人が走り出てコケたところをみんなで助け起こします。時折セリフもあって、最後はみんなで軽快に踊る楽しい演目でした。

「松竹梅」は各地の豊年祭でよく演じられる演目で、それぞれの頭飾りを外し、松と竹が梅に受け渡す所作がありますが、辺野古の「松竹梅」の梅は、何と口で道具を支えています。

- 「女笠踊り」

- 「天上り(ティンヌブイ)節」
『名護市史』によると、「女笠踊り」「天上り(ティンヌブイ)節」も戦前からの演目で、独特の物のようです。

「七福神」
神様の衣裳や被り物も見どころの一つです。辺野古の「七福神」は、ヤンバル地域に広く芸能を伝えた芝居役者・通称「クガニヤマ」玉城金三氏から指導を受け、昭和6年から演じられているそうです。後ろの掛け軸も立派で、縁起がいい感じですね。

組踊「万歳敵討」
唱えや踊りも練習されたことが伝わる、見事な演技でした。個人的には、悪役である高平良も共も頭飾りがかわいくて好きです。
『名護市史』によると、以前は沖縄芝居など寸劇や、組踊「矢蔵の比屋」など複数の劇も演じられたようですが、今回は組踊1演目のみでした。

不思議な動きが楽しい「南ヌ島」。『名護市史』によると、中断と復活をくりかえしながら継承されているようです。とにかく体力が要るので、若者じゃないとキビシイ演目です。

交互に片方を持ち上げて、回転しながら退場していきます。
大トリは、座開きと同じ演目の「舞方」でした。終演時刻は22時半頃。

20演目もあったら、同じ人が複数演目に出る地域もありますが、辺野古はほぼ違う演者さんでした。音響や接待係も手慣れた様子でしたし、多彩な演目の村踊を支える層の厚さと、演技の完成度の高さに驚きました。
客席で老若男女大勢の人々が飲み食いしながら、演者に拍手を送る雰囲気が良かったです。
地域の伝統行事が末永く続くことを願って、報告をしめたいと思います。











