撮りためてきた沖縄の写真とともに平成を振り返る

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いよいよ平成も残すところ1ヶ月余り。そこでこれまで撮りためてきた写真から平成を振り返ってみたい。

いよいよ平成も残すところ1ヶ月余り。長らく平成に親しんできた身としてはなんだか寂しいような不思議な気分を感じます。

平成元年が1989年。当時10歳だった僕は沖縄で生活することになるなんてつゆ知らず新潟県で暮らしていた訳なのですが、進学を機に平成10年(1998年)に沖縄に。その後沖縄を離れることなく、21年間沖縄に住み続けています。

さて、そんな僕がDEEokinawaをはじめたのは平成22年(2010年)のことですが、もともと変な沖縄のものを探すことを趣味にしていたので写真を見返すとよく分からないものが沢山あるわけです。


こういうやつとかです。

そこで今回は撮りためた写真からDEEのネタにならなかったものや出していないものを中心に平成を振り返ってみようと思います。

消えたテーマパーク

まずはこちら。糸満の真栄平にあったサボテン公園「ひめゆりパーク」の案内看板の写真です。開園は1983年(昭和58年)で閉園は2005年(平成17年)。沖縄に住んでいる時に1度だけ行ったことがあります。園内にめちゃめちゃサボテンがあったのとサボテンステーキなる食べものがあった事以外は全然記憶にありません。
跡地は長らく廃墟になっていたらしいですが沖縄少年院ができるらしいです。

同じく糸満にあった変な顔の石像。

こちらは「メキシコサボテン公園・サラバンダ」というサボテン公園のもの。開園は1993年(平成5年)で閉園は1999年(平成11年)。こうしてみてみると糸満には近い場所に二つもサボテン公園があったことになります。平成の糸満市はサボテンブームだったんでしょうか。
こちらは閉園後、なんと「沖縄清明の丘公園」という霊園としてオープンしています。一度足を運ぶ機会があったのですが、ちょっとだけサボテンもありました。

こちらは1975年(昭和50年)の沖縄海洋博にあわせてオープンした沖縄エキスポランドの門。閉園は2000年(平成12年)らしいですが、しばらく門はそのまま残っていました。沖縄最後の遊園地だったらしいです。

最後の遊園地といえば沖縄市にある「沖縄こどもの国」にも遊園地がありました(あとコアラもいたよね)。今でこそ子供のお出かけスポットとして大人気な沖縄こどもの国ですが、僕が沖縄に来た1998年にはめちゃめちゃ寂れていたと記憶しています。2000年くらいにこどもの国を支援するためにあの「グリーン・デイ」がライブをするという話が持ち上がってチケットを買ったのですが結局来なかったのもいい思い出です。

そんな沖縄こどもの国ですが、起死回生のためにあの子供に絶大な人気を誇る「ノンタン」の作者とコラボした「ノンタン工房」なるものを作ったのですが、逆に経費がかさんで園の経営を逼迫したり、作者とどちゃクソ揉めたらしくあっという間になくなったっぽいです。この写真は2004年のものですが、まだ園内の売店ではノンタングッズが販売されていました。

こちらはかなり前にネタにしましたが(ヒカゲヘゴで一儲けをたくらむ)名護にあった「やんばる亜熱帯園」。訪れた2010年にはすでに誰もいなかったのですが、ひっそりと閉園。しかし、なんと紅いもタルトで有名な御菓子御殿がここをリニューアルして恐竜パーク的なものを作って現在に至ります。

 

レアな土産物

続いて今は多分売られていない土産物についてです。

今でこそ格好いいアメコミヒーローがキャラクターになっている乾燥梅干しのスッパイマンですが、かつてはこんなキャラクターでストラップが販売されていました。個人的には今のやつよりもこっちの方が好きです。そういえばスッパイマンをべっこう飴に閉じ込めた「ドラゴン梅」という商品が売られていた気がしたのですがあれはどこに行ったんでしょうか。

宜野座のキャラクターといえば「ぎーのくん」ですが、かつては特産品のじゃがいもの「ぎのじゃがくん」というキャラクターが存在しました。最近とんと見かけないのですが元気にしているでしょうか。

最近日本で一台の那覇市消防局ハイパーミストブロアー車がトミカになったという記事を出しましたが、それ以前にも沖縄限定トミカがありました。さんぴん茶トラック、ゴーヤーマンバス、沖縄県警パトカー、写真には写ってないですがゴーヤーマンタクシーです。思えば平成といえば「ちゅらさん」から始まる沖縄ブームが巻き起こった時期。ゴーヤーマンは一世を風靡した感があります。

かと思えばこれはネオパークで見つけた「WELCOME OKINAWA」なるCDシングル。そういえばCDシングルって見なくなりましたねぇ。

つげ義春の漫画に石を売る人の話がありましたが、山原の石が100g100円!何が幸運なのか全然説明されていない所もポイントが高いと思いました。

今帰仁村の古宇利島といえばハートロックで一躍有名な観光地になって「恋の島」みたいな位置づけが行われていますが、それ以前に古宇利島で見かけたTシャツ。まだあんまり位置づけがはっきりしてなかった頃なんだと思います。

 

あのお店

恩納村にあった万国百貨店。アメリカ軍の放出品やどこかの輸入品などがずらりと並ぶ怪しげなお土産物屋さんだったのですが、いつの間にか閉店。

国際通りの端、安里三叉路にあったお好み焼きのお店「一休軒」。DEEでも取材をしたかったのですが、やんわりと断られたまま閉店。

沖縄市のパークアベニューにあったステーキレストランの老舗「ニューヨークレストラン」。閉店しちゃいましたが、一度だけステーキを人に奢ってもらった思い出があります。

ビクモン。かつては県内に数店舗あったハンバーガーチェーンだったらしいが2008年に沖縄市の一番街にあった最後の店舗が閉店。結局いけずじまいだったのですが、店舗はしばらく残っていてそれを撮った写真がありました。

 

平成を振り返ろう


かつて飛行機が乗ってた家

さて、平成を振り返るべく昔の写真をピックアップしてみたのですが全然終わりそうにないので一旦ここで記事を終わりたいと思います。


フラチキ先輩以前

皆さんにとって平成の思い出はなんでしょうか?


衝撃的なこどもの国の注意書き

自分にとって平成の沖縄はこれ!みたいなものがある方はぜひコメントをお寄せくださいませ。そのうちDEEっぽいことで沖縄の平成を総括するような何かができれば記事にしたいと思います。

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