2019.10.30

私的プチ古写真で昔の沖縄を懐かしむ

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今から18年ほど前の2001〜2003年頃、私が沖縄移住以前に旅行で訪れていたときの沖縄の風景をご紹介したい。

あの頃の沖縄に会いに行く

私が沖縄本島に移住したのは2005年のこと。
それ以前の5年間ほどはいわゆる沖縄病というやつで、八重山諸島を中心に年2回ほど沖縄に旅行に訪れていました。あの頃はネットの情報も今ほど豊富では無く、ガイドブック『沖縄・離島情報』を毎年購入し、バイブルのように持ち歩いていました。

その頃は今以上によく写真を撮っており(元写真部)、プリントしたものやらデータ化したものやらを現在も自宅に保管してあるのですが、先日収納の整理ついでにちょっと見返してみたらすごく懐かしく、また今では無くなってしまった建物や飲食店などもちらほら写っていました。

久しぶりに見たネガフィルム!
こっちはCD-Rに焼いたもの

当時は写真屋さんでアルバイトしていたこともあり、わりとマメにプリントしていたものです。

そこで本日は『私的プチ古写真』と銘打って、18年ほど前の沖縄の風景を振り返ってみたいと思います。
 

石垣島

まずは石垣島。

商店街の近くにありアクセスが便利でお気に入りだった宿、民宿 楽天屋。木造の古民家を改装した素泊まりのゲストハウスです。古いですがよく手入れされていて、ノスタルジックな雰囲気がたまらなく好きでした。
久しぶりにウェブサイトを覗いてみたら、現在も営業されている様子だったのでまたいつか泊まりに行きたいです。

ここもお気に入りだったバー、BLUE CAFE。おそらく今はもう無いのですが、離島桟橋にも近く南国らしい雰囲気で居心地の良いお店でした。併設のお土産屋さん大田民芸のオリジナルTシャツが好きで、何枚か買ってよく着ていました。

そしてこちらが、私がはじめて三線を購入した、野原三線店。
プリントのもので、たしか4万円とそこそこいいお値段でした。My三線がめちゃくちゃ嬉しくて、旅行中も常に持ち歩いて港や公園に行っては同行の友人と一緒に練習していました。今はクローゼットの奥に押し込めているので、またときどき出して弾いてやらないとな...。
 

竹富島

お次は竹富島です。

かわいいデザインに一目惚れした竹富島Tシャツ。小さめに着たらかわいいんじゃない?と140サイズを友人と色ち買いしたのですが、小柄で華奢な友人に比べ、大柄な私が着るとプロレスラーみたいなったため、結局一度も袖を通すこと無く部屋に飾っていたしょっぱい記憶があります。
 

与那国島

お次はびゅーんと西へ飛んで日本最先端の島、与那国島です。

与那国空港。もう長らく訪れていませんが、現在も同じ外観でしょうか。
花ブロック使いがものすごく印象的な、コンパクトでかわいらしい空港です。

ティンダバナから眺めたナンタ浜。
このあたりの風景も今とは少し変わっていそうです。

こちらは与那国島の定宿だった、どなん地球遊人。オーナーは県外出身の旦那さんと沖縄本島出身の奥さん。敷地内の庭にテントを貼ることができ格安で泊まれるので、長期滞在のバックパッカーが多く出入りしていました。それゆえか、地元の人からはかなり異質で怪しい存在だったようです。

与那国島といえば、牛や馬(ヨナグニウマ)が島内いたるところを自由にウロウロしており、広大な牧場のあたりを散歩しているとごろごろと立派な骨が落ちていたりします。きれいな頭蓋骨もごろんと転がっていたりして、ちょっと驚いた記憶があります。

久部良集落にあったカレー屋、ゆきさんち。残念ながら2015年に閉店してしまったようですが、おしゃれで開放感のある島ならではの雰囲気ですごくお気に入りでした。

よく分からない写りで恐縮ですが、サラッとしていてスパイスたっぷりなのに辛くない不思議なカレーでした。またいつかどこかであの味に出会えないかな...。

与那国島といえば自然が厳しい島のはずなのに、意外と赤瓦屋根の建物があることも意外でした。
化粧瓦には「金」の文字が書かれていましたが、石垣島か沖縄本島から船便で運んできたものでしょうか。

そして与那国島の強烈な思い出といえばヤシガニ。仲良くなった地元の方に、なんとご馳走してもらいました。シンメーナービで豪快に茹であげます。

ごはんの上にのっているのはヤシガニの味噌を泡盛で溶き、ほぐし身を混ぜたもの。濃厚 of 濃厚なお味でした。茹でた身もたっぷり入っていて美味しかったです。またいつか食べたい。

こちらはなんとすっぽん。養殖しているやつだったか野生のやつだったかは忘れましたが、帰りの飛行機の時間が迫っていたためさばくところだけ見せてもらって退散しました。
 

波照間島

お次は日本最南端の島、波照間島。

琉球エアコミューターの石垣島空港と波照間島を結ぶ路線が2007年で廃止されて以来、閉鎖状態となっている波照間空港。2015年に路線復活の計画があり、きれいに建て替えられたようですが、2019年現在まだ休眠状態だそうです。サトウキビ畑の真ん中にぽつんとあって、フェリー乗り場のような簡素な作りでした。

波照間島といえばのニシ浜。おそらくこの色は現在も変わっていないのではないでしょうか。噂に違わず本当に天国のようなブルーのグラデーションで、何時間でも眺めていられました。

こちらはお気に入りだった食堂、パナヌファ。こちらも残念ながら既に閉店してしまいましたが、別の名前に変わって営業されているようです。

ゴーヤーチャンプルーや沖縄そばなど、素朴な沖縄料理を提供しており、食堂だけどちょっとおしゃれなカフェのような雰囲気でした。黒紫米を使ったごはんが美味しかった記憶があります。ちなみに「パナヌファ」は島の方言で「花の子」という意味だそう。
 

沖縄本島

そして最後は沖縄本島です。

これはおそらく浮島通りから、現在の仮設牧志公設市場方向を撮影したもの。仮設市場が建つ前はにぎわい広場という広場だったのですが、その前に元々あった牧志公設市場の建物が写っています。

国際通り沿いにあった映画館、国映館の内部です。ちょうど千と千尋の神隠しが公開されていたので、なぜか沖縄旅行中なのに観に行きました。今となれば、映画よりももうちょっと詳しく建物内部を見ておくんだった!
 

まとめ

というわけで本日はごく私的ではありますが、18年ほど前のなつかしい沖縄の写真をご紹介しました。
昔に比べると、携帯電話のカメラなどの登場で普段の暮らしのなかでちょっとした記録写真を撮る機会が増えているとは思いますが、なかなか日常の風景を意識することって無いと思います。

しかし自宅に眠っているような写真をたまに振り返ってみると、既に無くなってしまった建物が写っていたりして、貴重な記録写真になっているものもあるのではないかと思います。みなさんも、昔の写真を見返してみると、なにか楽しい発見があるかもしれません。

というわけで、沖縄に恋い焦がれていたあの頃の新鮮な気持ちを少し思い出し、これかももっと沖縄を楽しんでいこうと決意を新たにした所存です。

最後は、無知ゆえに「沖縄はカタツムリもでっかいんだな!」と無邪気にアフリカマイマイを弄んでいた写真で締めくくりたいと思います。触っちゃダメ、絶対。

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