2015.04.16

沖縄風景今昔 vol.3

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日々変化をしている沖縄の風景。どれだけ変わってきたのか今昔で見比べてみましょう。

過去にDEEokinawaでは古写真と現在の風景を比べるという記事を何度か公開してきました。

【復帰40周年特集】古写真で見る過去と現在の沖縄の姿
100年以上前の沖縄風景写真の場所は今どうなっているのか(その1)
100年以上前の沖縄風景写真の場所は今どうなっているのか(その2)

那覇まちのたね通信が公開している、古写真アーカイブというのがあります。ここでは3500枚以上の古写真を見ることができます。
この中から選んだ古写真と、現在の様子を見比べてみるという連載です。

前回の記事はこちら。
沖縄風景今昔 vol.1
沖縄風景今昔 vol.2

3回目の今回は、那覇市にある「通り」を見比べてみます。

開南交差点


リンク先で写真をクリックするとより大きなサイズで見ることができます。

開南大通の開南会館と吉田写真館
撮影日時:1964年3月1日 / 所有者:沖縄県公文書館

配信元:那覇まちのたね通信
事業主体:NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム・地域情報エージェント株式会社

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開南交差点を那覇高校側から撮影。

正面に見える建物は開南会館。現在も同じ場所に建っていますね。屋上や塗装の感じが違いますが、ほぼ同じ。
開南バス停は待合所の形が違いますが、同じ場所にあります。まだ右側通行の時代ですね。
大きく変わったのは、現在は交差点になっていますが、昔は三差路だった?ところでしょうか。
吉田写真館があった場所が、現在は道路になっています。

昔のバスに付いている天窓や、トラックがかわいいですね。

市場本通り


リンク先で写真をクリックするとより大きなサイズで見ることができます。

新天地市場水上店舗起工式(現在の市場本通り)
撮影日時:1964年2月27日 / 所有者:沖縄県公文書館

配信元:那覇まちのたね通信
事業主体:NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム・地域情報エージェント株式会社

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市場本通りを浮島通り側から撮影。わかりやすいように角度を変えました。

昔の写真の左側に写っている「豆類・砂糖」と書かれた店舗は、中村商店というお店。残念ながら一昨年の年末に閉店してしまったのでもうありませんが、現在の写真で見ると左側の赤い看板の場所にありました。
左側にちとせ商店街ビルが建ち、上にはアーケードが取り付けられていますが、水上店舗はほぼ一緒ですね。違うのは窓でしょうか。昔は大きい窓がありましたが、現在は塞がれて上部が残るのみ。

 

旭通り


リンク先で写真をクリックするとより大きなサイズで見ることができます。

丸国マーケット裏付近、旭通り
撮影日時:不明 / 所有者:那覇市歴史博物館

配信元:那覇まちのたね通信
事業主体:NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム・地域情報エージェント株式会社

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旭通りを浮島通りから撮影。

現在の写真で道路左上に矢印とPと書かれた看板がある場所に建っていたのは松堂商店というお店、
右側にある緑の建物がある場所には信興商事という会社があったことが確認できます。

現在の写真で道路の中央ずっと奥右側に少し見えるオレンジ色の庇。台湾精進料理のお店で、ちまきが美味しいと有名な金壷食堂です。
昔の写真で拡大してみると、ほぼ同じ場所に「びっくりそば」の看板が確認できます。
戦後(現在もある)は具や量の多いそばを「びっくりそば」として提供するお店が多かったそうなので、そういうことなのでしょうか。

角度的に正面に桜坂劇場が見えたはずですが、現在はハイアットリージェンシーが建ってしまったので隠れてしまいました。

 

通りの変化はおもしろい

ということで、3回目の沖縄風景今昔は通りの変化を見比べてみました。今も昔も同じ場所に建物があると、違いがわかりやすいですね。

それではまた次回。

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