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【連載】ハブでも分かる!?遺老説伝 Vol.88 妓女と子馬-4
1740年代に琉球王国の歴史書として編纂された『球陽』の外巻である『遺老説伝(いろうせつでん)』。首里政府が各地に命を出して集めたとされるその内容を、漫画でゆるく描き下してみるという試みです。
『ハブでも分かる!?遺老説伝』とは
『遺老説伝(いろうせつでん)』は1743年から1745年にかけて琉球王国の正史として編纂された『球陽(きゅうよう)』の外巻で、各地の御嶽や行事の由来、珍しい出来事などを首里政府が各地に命令を出して集めたものとされています。
当連載『ハブでも分かる!?遺老説伝』は、"ハブでも分かる" をコンセプトに、原文(漢文)をそのまま読み解くには難解すぎる『遺老説伝』を、沖縄出身の漫画家・吉元あきこが漫画で描き下してみる、という試みです。ただ、本当にハブでも分かるかどうかはハブのみぞ知るので悪しからず。
*当連載の内容はすべて史実というわけではなく、フィクションが大いに含まれていますのでご了承ください。
第88回『妓女と子馬-4』
<前回のお話>

御宝瀬馬の、生(お)い立ちについては、もう一つの話も伝っています。
越来邑に、一人の若いお母さんがいました。
大事な大事な、一人子を亡くして悲しみのあまり気も狂はんばかりだったのです。
そして、家の中にばかりひきこもって、昼となく、夜となく泣き暮していたのですが、その日は、何気なしに、死んだ子の面影が眼の前にチラつき、誘(さそ)はれるように家を出て、御宝瀬の野に行きました。
そこへ、一人の農夫が子馬をひいて来て、やわらかそうな若草の生えている処をえらんで、なだめたり、すかしたりして、しきりに子馬に、草を食べさせようとしています。
痩(やせ)て、元気がなく、よろよろよろめいて、歩くのさえ難儀(なんぎ)そうな子馬でした。
悲しみに打沈んだ、苦い母は、農夫に近づいて、
「どうしたんです」
とききますと、農夫は
「母馬は、これを生んで四、五日すると、急に死んでしまいました。
私は、大事な子馬を育てなければと思って、いろいろ手を尽くしていますが、何分にも肝心(かんじん)なお乳がありません。
御覧のとおり、日々痩せ衰(おとろ)えてこの通りで、今日は若草でも食べはしないかとつれ出してきたのです」
これを聞いた、若いお母さんは、可哀想(かわいそう)で、可哀想でたまりません。
「お願いですが、この子馬を私の家につれていって、夜、昼となく、私のお乳で育てて見ましょう」
と子馬を育て、幾年かの後、骨組、体付(からだつき)は非凡で、走るのは飛鳥のような駿馬になりました。
これを御宝瀬馬と申します。
御宝瀬馬の生いたちについて、以上二つの伝え話があるが、随分と昔の話ですから、どちらが本当か解りません。
『琉球民話集 全巻 球陽外巻遺老説伝口語訳』 P184-5より
琉球史料研究会編(1963年)








